bloom monday
















街角で見つけた太陽を連れて帰った。
真夏の月が彼の待つ家までの路を明るく照らしていてくれた。
お陰で迷うこともせず、帰路で出逢った小さな黒猫にこんばんわと挨拶をしただけで真っ直ぐに帰り着けた。



今日は月曜日。








ビビッドなカナリーイエローの束を携えて玄関をくぐったリョーマに、手塚は瞠目した。
そんな手塚に、少しだけリョーマは不思議そうな顔をしてから手にしていたものを差し出した。

「はい、これ」
「…今日は、何かの日だったか?」

花なんて買って来て。

リョーマの手から向日葵の束を受け取ると、カサリと奇麗に飾り付けられていた緑の包装紙が鳴いた。
サンフラワーと、太陽の名を冠されているだけあって包装紙の中からは燦々と花開いた様子でこちらを窺っている。

盛夏の今日、手塚の記憶にもスケジュールにも記念日の印は無い。
一週間の始めの日というだけで、お互いの誕生日にも遠いし、共同生活を始めた日でもない。
付き合い始めた記念日も、ステディリングを手塚が受け取った記念日も数カ月前に過ぎた。
ファーストキスの日だとか、ロストバージンの日だとかまでは手塚も覚えてはいないから、ひょっとするとそういう日だっただろうか、とも考えてはみるが、手塚とリョーマが過ごしてきた年月のうちにそれを祝われた覚えもない。
まさか、今日、突然に思い出したのだろうか。

手渡された花束の中を覗き込んでは小首を傾げる手塚の頬にただいまの口吻けをすれば、不思議そうな顔をしながらもおかえりのキスが頬へと返ってくる。
それを嬉しそうに受け止めてリョーマは、

「今日は月曜日だから」

と、すっぱりと説明した。
説明されても、まるで先が見えなくて手塚はまた首を傾げた。

「月曜日だからだよ」

可笑しさを噛殺した顔でリョーマは同じ言葉を手塚に言った。
向日葵を手にしながら右へ左へと首を頻りに傾げる手塚の様は剰りに可愛らしい。背ばかりは大きい恋人だけれど、その所作はどこか小動物染みている。
本人にそれを告げれば、心外だ、と不機嫌そうな顔をするだろうから心の中でだけでこっそりとそう思う。

「…そう、なのか」

反復されたリョーマからの説明に、如何せん納得はしていない顔ながら手塚はひとつ頷いた。
どういう顔をしていても、綺麗だなあ、とつい思ってしまうのは恋人の欲目だろう。綺麗で可愛くて男らしくて愛しさが止まらない。

「夕飯は?もうできてる?」
「ああ」
「お腹空いてたけど我慢して帰ってきて良かった」

ごはんごはん、と楽しそうに口ずさみペタペタとスリッパも履かずにリビングへの廊下をリョーマは進み、その後をやっぱりリョーマの思惑を計りきれないでいる顔をして手塚が続く。
難しい顔をして花束を見る人なんて初めて見る。
そんな手塚をちらりと振り返ってはくつくつとリョーマは可笑しそうに笑った。




「…お前が上機嫌だと何だか腹が立つな………」

食卓についてもまだ笑いを収めないリョーマに手塚は眉間に小さい皺を寄せながらもひとつふたつと夕餉を配膳してやる。
目の前に主菜副菜と並べられる机のほぼ中心には寝転ぶ鮮やかなサンフラワーブーケ。

「ひどーい。オレが楽しそうにしててもいいじゃん」
「一人で楽しまれていると更に腹が立つ」
「はいはい。ゴメンナサイネー。いただきまーす」

ぱん、と両掌を合わせて颯々とリョーマは端を握る。
リョーマも手塚も好みの和食。夕飯だからと重いメニューではなく、あっさりとした味付けの一汁三菜の基本メニュー。
どれもすっかりリョーマの好みの味付けに仕立て上げられている。食事の味付けに関して議論を闘わせたのはもう随分と前だ。
あの当時はそれについて白熱したのに、結局いつの間にか二人揃って美味しいと思えるオリジナルの味付けになっていたけれど。

満足そうに食事を頬張るリョーマとは裏腹に、腹の据わりが悪い顔で手塚は花束のラッピングペーパーを指先で玩ぶ。
不貞腐れた様な横顔も矢張りリョーマの歓心を買う。

手塚としては何か思惑があるのだと疑っているらしいが、本当に、何も理由も下心も無く買い求めただけなのだけれど。
精々、手土産にしたら喜んでくれるだろうか、と思ったぐらい。

「ね、花瓶に生けたら?そのままで放っといたら枯れちゃうよ?」
「それはそうなんだが…」

手塚は小難しく唸る。本当にそこまで頭を悩ませてもらわなくて良いというのに。
受け取って、ひとつ笑ってくれたりしたら、それだけで良いだけだったのだけれど。

「しかも依りに依ってどうして向日葵なんだ?」

腑に落ちない顔をしつつも、ラッピングを手塚の手が解いていく。
それ以外は包まれていないカナリアの羽と同じ色をした花の束。

リョーマが店頭で向日葵の花束と頼んだ時も店員には変な顔をされた。
普遍的な花束と云えば幾種類もの花を組み合わせたり、メインの花があったとしても霞草が淡く周りを彩っていたりするせいだろうか。
ただ同じ花だけが数本包まれているというのも、机に広げられた花束だったモノを改めて見れば確かにあまり見かけた覚えはない。

握っていた箸を一旦皿の縁に置いて、代わりに向日葵を一つ掴んでリョーマは手塚の問いに答えを返した。

「今年はオレのスケジュールのせいで海も山も行けなかったでしょ?花火も見に行けなかったし。今年の夏の代わりに少しでもなればと思ってさ」

夏でヒマワリって安直過ぎた?とリョーマは小さく首を傾けたが、その答えに先程まで不機嫌そうにも見えていた手塚の顔は綻んだ。

「いいや。いいんじゃないか?」
「そう?良かった」

微笑む手塚にリョーマも柔らかく笑んだ。

「それに、」

手塚が言葉を続ける。微笑む手塚もやっぱり綺麗だった。
かんらからと快活に笑うのではなく、冬の夜空の様に儚気に微笑う。その笑み方がリョーマはとても好きだ。
花が咲くことを、咲うと書いてワラウと読むけれど、手塚の笑い方は正しくそれ。
咲いた姿は見せるけれど、咲く瞬間は人目には付かずにひっそりと開く花達。彼等の咲う様はきっと今目の前で微笑む手塚の様相に似ているのだろう。

はなのようなひと。

その花弁がキスを寄越した。触れてすぐ離れてしまう拙いキス。

「向日葵はお前に似ているから嫌いじゃない」

息が触れあう程の間近で、そう言って細く笑ってから、また唇を吸われた。
瞼が下りていく様が酷くゆっくりとしていた。


腕を首に絡めて、指を後ろ髪に絡めて、互いに唇と舌を絡めて。
花蜜の様に甘い口吻け。



「…アンタからキスしてくれるなんて珍しくない?」

キスの後はどうしても顔が綻んでしまう。そしてそれはお互いに隠しようが無くて。
去ってしまう手塚の口唇が何だか惜しくて、最後にもう1回だけ、と自分に言い聞かせながら手塚の唇を啄めば、

「今日は月曜だからな」

その人は咲いながらキスに応えてくれた。



















bloom monday
花咲く月曜日、くらいですかね…直訳だと。 日テレの恋の空騒ぎの冒頭で紹介する格言めいたものでさんまさんが言ってた流れのおおまかなとこを拝借。見てた方いますかね?
花を買って、渡して、どうして?と尋ねられたら、だって水曜日だから、と答えるというやつです。オ、オトコマエだなあっっ!ときゅんって来たので拝借拝借…もごもご。
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