cheer's! your win!
コート内の白線ぎりぎりに沈んだテニスボールが返されることなく、手塚の後ろへと抜けていって、向かいのコートのリョーマはラケットを振り切った姿勢のまま目を点にした。
「……勝った…、の?」
俄には信じがたい、というリョーマの呟きの後、跳ねたボールは後ろのフェンスへと転がって小さくカシャリと音を立てた。
そのボールの行く末を見送ってから、手塚は屈めさせていた身を起こして苦笑の色を滲ませた。
「遂に、越えられた…か」
「うそ…」
何が嘘なものか。
トン、とラケットを肩に乗せて、手塚は苦笑したままでネットへと、つまりはネット向こうのリョーマへと近づいていった。
スコアは6−7。少しばかり長いタイブレークの後、リョーマに勝利は与えられた。
「強くなったな」
出会いの当初からは幾許か大人びてしまった顔。そんな手塚の顔を未だ見上げながら、リョーマは呆然としていた。
手塚をいつか越える、越えて更に自分は上へと進む、とそう考えていた。
けれど、矢張り相手は一筋縄ではいかなくて、追いついたと思わせてはさっさとまたリョーマを追い抜いていって。そういう日が月が、年がひとつ、またひとつといつの間にか過ぎていっていた。
越えることが難儀だからこそ、余計にリョーマの意欲は高まっていったし、そんなリョーマの成長を手塚も楽しげに眺めていた。
自分に喰ってかかってくるその姿が好きだった。
とても、熾烈で苛烈で、勇ましく雄々しい。手塚が愛したリョーマの姿の中でも、きっとテニスをしている時の彼は別格だ。
彼の中の本能がすっきりと見えているようで、猛々しいその瞬間のリョーマが何よりも好きだった。
「オレ…ホントにアンタに…?」
「ああ、勝った。お前は俺を越えたんだ」
試合の後はお互いの健闘を讃えて握手を交わす。たとえ、審判もギャラリーも居ない二人きりの試合だったとしても、そこは礼儀として当たり前であって、手塚はリョーマへと右手を差し出した。
その差し出された右手を、リョーマはほぼ反射的に握った。
ぎゅ、と握って、目を瞬いて、
「…オレ……!」
驚いた顔で手塚を振り仰いだ。
仰天した様な顔は、間を置いて、次第に笑顔へと変わっていく。
「越前…?」
「や…った」
突如、手塚の身は引き寄せられて、ネットを間に挟んだままリョーマの腕に抱きすくめられた。
フェンスで囲いがしてあるとは言え、辺りに開けたコートのど真ん中で身を抱かれて、戸惑う手塚の肩に顔を埋めて小さくリョーマは身震いをしていた。
「えちぜ…!」
「オレ、アンタに、勝った…!!」
ぎゅう、と抱くリョーマの腕に力が入って、緩く手塚の背が反り返る。それでもリョーマの力は増すばかりで、きっと手塚の衣服の背には幾筋もの細い皺が寄っていることだろう。
「手塚国光に勝った!」
笑い声を含んだ声音が手塚の肩口から上がる。手塚はそこを見下ろした。
些か大きく成長したリョーマの震える身がそこにあった。
これは、抱き返してやるべきなんだろうか、と怖ず怖ずと手塚がリョーマの背へ腕を伸ばしたのと同じ刹那、それまで手塚の肩口に額を押し当てていたリョーマの顔が手塚を見据えた。
頬が少しばかり紅潮していて、眼もどこか濡れていた。
「勝った!!!」
叫びにも似た大声でリョーマがそう言い放った瞬間、ぶわりと手塚の身が浮いた。
突然に体が浮いた事実で脳がストップしたまま、手塚の痩躯は背と両の膝裏を支える格好で、リョーマの両腕に納められた。
抱きかかえられている姿だと手塚が漸く認識した頃には、リョーマの口吻けが降ってきていた。
「………ッ」
こちらの唇を噛みきらんばかりの勢いでリョーマの唇を喰わされて、思わず手塚は瞼を深く瞑った。
瞼の薄い皮膚が作り出す漆黒の中、外ではどすんという音、体には少しばかりの衝撃があった。激烈な運動の後、体力が極限まで損なわれていた少年の身では、さほど長い時間、手塚の体重は支えきれなかったらしい。コートの真ん中で二人で口唇を貪りあったまま、リョーマの体が地に落ちていた。
くちくちと手塚の口内を十二分に荒らし回った後、満足したかの様にリョーマからキスを解いた。
「越前…っ」
けれど、それも一時的な満ち足りでしか無かったのか、唇を解いてから手塚が一言だけを挟む猶予しか置かず、またリョーマは覆い被さってきた。
啄むようでありつつも、やけに深度の高いキスに手塚は襲われた。
「…っ、……んっ、えちぜ…ん、お、落ち着け…っっ」
鼻から抜ける様な甘い声を合間に入れてキスの雨を受けつつ、手塚はリョーマの肩を押しやった。
けれど、押しやった先の顔は今にも泣きそうな程に目許と言わず頬まで朱く染まっていて、呼吸も酷く荒々しかった。
何がどうなってこんな顔をしているのか、困惑を覚える手塚を、またリョーマは掻き抱いた。
「だっ、て…アンタを越えたことが………嬉し過ぎて」
くしゃり、と手塚の背にまた皺が寄る。リョーマの顔もまた手塚の肩に埋もれた。
「も…、すごい、今、涙出そうなくらいテンション上がってる…!」
「泣きそうだということは、まあ…、」
見れば判る。
今にも滴が零れそうな程、瞳が濡れていたから。
けれど、自分に勝ったのがその要因だとすれば、
「変な奴だな」
そんな感想が頭を過ぎった。
「お前自身も言っていただろう。いつか俺を越えて頂点に立つと」
「言ってたけど…っ」
けど、と語尾が反復される。声の向こうに嗚咽が滲みだしてきていて、本気で泣くのだろうかと手塚はリョーマを腹上に乗せたまま思った。
「言ってた、けど、まだ、先のことかなって…思っ…」
「まだ先、って、お前、俺に宣戦布告してからどれだけ年数が経っていると思っているんだ?」
馬鹿だな、とくすりと手塚は笑った。
罵倒の意味では勿論なく、可笑しさを込めて。
「も、馬鹿でも何でも…いい…っ」
「越前…」
「アンタに勝ったから、もう、何でも、いい……っ」
リョーマは抱く。手塚を。
否、抱かれていたのはリョーマだったかもしれない。抱くというよりは手塚に縋りついているという表現の方がピタリとくるかもしれない。
そんな風情で自分にしがみついてくるリョーマの髪を呆れつつも微笑んだ顔で手塚は梳いてやり、やさしく背に腕を回してやった。
ぽとりと瞼から滴が遂に落ちて、手塚の胸に吸い込まれた。
おおきくなった君へ、
「おめでとう」
私からの最高の賛辞を。
cheer's! your win!
越前勝利おめでとーう!の気持ちを込めて。vs真田戦。
これ書き立てはネタばれで大変申し訳ない。指が6本に増えていようと越前の勝利に賛辞を!拍手を!むしろ舞を!!(やめてください)
本音としては、リョーマは手塚をいつまでも越えられないといいと思います。いつまでも最強の敵であればいいと思います。
あ、でもパパは越えて欲しい。
えちぜーん!!(叫
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