依怙贔屓
帰りのホームルーム、教師からの終了の言葉は、部活の始まりのベルと同じ。
足取りも軽快に、部室への道を辿った。
ドアノブを回し、目の前に開けた光景に、不二と河村は揃って首を傾げた。
「手塚……、何、してるの?」
いつもと何ら変哲の無いロッカー位置、ベンチ位置、壁に預けられた部員達のラケット。それらに囲まれた、簡易の机の足下で、我等が部長殿が裸眼で膝を抱えて座り込み、床を険しい目付きで睨み付けていた。
不二が端的に尋ねた声に、見慣れた眼鏡を外した手塚が彼等の存在に気付いた顔で振り返った。
「ああ、海堂に菊丸か」
「タカさん、出直そうか」
有り得ない組み合わせで間違えられた事に、口許は笑っているけれど、いつも細められている目は確りと開いている。
幾ら裸眼だからと言い訳されても、ちょっとばかりオイタが過ぎる。
戸惑ったままの河村の腕を掴み、強引に外へと連れ出して、不二は扉を颯々と閉めた。
怒り心頭の現れとばかりに、ドアが閉まる瞬間は、ばあんと非常に大きな音と共に扉が揺れた。
一人、残された手塚は、ひとつ小首を傾げてから、また床を睨み始めた。
ドアノブを回し、目の前に開けた光景に、大石と菊丸は揃って首を傾げた。
「手塚、何してるんだい?」
いつもと何ら変哲の無いロッカー位置、ベンチ位置、壁に預けられた部員達のラケット。それらに囲まれた、簡易の机の足下で、我等が部長殿が裸眼で膝を抱えて座り込み、床を険しい目付きで睨み付けていた。
大石が端的に尋ねた声に、見慣れた眼鏡を外した手塚が彼等の存在に気付いた顔で振り返った。
「ああ、桃城に乾か」
「や。違いますから」
小さく、顔の前で手を振って否定の意を現す菊丸に、手塚ははてなと逆に首を傾げた。
朧げな視界の中では、輪郭がやっとわかるくらいで、姿が確りと見えないものだから、声で判断するしかない。
その判断が、どうも相手曰く、違っていたらしいのだけれど、手塚にはその菊丸があげた否定の声は乾のあの声にしか聞こえなくて、また揶っているのだな、とあっさりと結論づけた。
どういう聴覚をしているものか。
黄金ペアを振り返っていた顔が、また床へと向く。
「眼鏡の螺子が緩んでいたらしくてな、レンズを拭いた瞬間に床に落ちた」
「それを……ええと、探してるの?もしかして」
「ああ」
蹲ったまま、じいっと目を凝らして床を睨んで。
探すなら、手探りで探した方がいいのではないかと思うけれど。
「…て、手伝うよ」
まあ、人によって物の探し方は違うものだろう、と大石は己に言い聞かせ、扉の脇に鞄一式を置いて、四つん這いで床上の遺失物を探し始めた。
菊丸も、座り込み、歩き回って、それに倣った。
当の手塚は、不変の位置でまた床を睨みだすばかり。
ドアノブを回し、目の前に開けた光景に、乾と海堂は揃って首を傾げた。
「大石、菊丸、何か探し物かい?」
いつもと何ら変哲の無いロッカー位置、ベンチ位置、壁に預けられた部員達のラケット。
床上を這いつくばって、何かに目を凝らす大石と、時折座り込んだりしながら部室を歩き回る菊丸。
明らかに探し物をしている体の黄金ペアの脇、簡易な造りの机の足下で、我等が部長殿が裸眼で膝を抱えて座り込み、床を険しい目付きで睨み付けていた。
一番最後に視線を遣った手塚の存在だけが、乾にも海堂にも非常に奇異に映った。
「ああ、不二に大石か」
乾が大石や菊丸に尋ねる用に投げた声に、見慣れた眼鏡を外した手塚が彼等の存在に気付いた顔で振り返った。
しかし、また聴覚は誤解を催している。
座った態勢のまま、菊丸はげんなりとした顔付きでそっと自分の相棒を指差す。きっと、差し示している指も、目の悪い裸眼の手塚に対しては徒労でしかないのだろうけれど。
「や、大石はここにいるから」
埃くさい床にわざわざ這いつくばっているこの親身さに、なんという仕打ちだろうか。もう手伝うのを止めてやりたい気持ちに菊丸は少しだけ駆られた。
菊丸の疲れた様なその表情と、真顔のままこちらが何者なのかと首を傾げる手塚に、乾は苦笑を噛殺し損なう。
「乾貞治と申します、手塚国光サマ。こちらは海堂薫」
何処か戯けた口調で、そう手塚に告げ、道化師宜しく深々と一礼してみせる。隣の海堂も釣られて頭を下げていた。
「む。乾か。さっき怒って帰っていったばかりじゃないか」
「うーん。さっきまでは俺は昇降口で靴を履き替えていた筈なんだがな。いつ来たかな…」
「…俺達以外にも、被害者が居るってワケね」
「で?何を探してるんだい?手伝うよ」
「ああ、手塚の眼鏡のネジが外れたらしくて。それを探してるんだ」
「また見付け難いもの落としたねえ。ほら、海堂もちょっと手伝って」
「…ッス」
学生服の腕を捲り上げ、乾は大きな体を偏屈に曲げて床に這いつくばり出した。その隣で、海堂も三白眼を更に剥いて床を捜索し始めた。
けれど、やはり当事者の手塚は、あの位置で蹲ったまま、凝らした目線でのみ己の遺失物を探した。
一見した限りでは、まるで意欲的では無い手塚のその態度に、菊丸はイチ抜けた、とベンチの上に腰を下ろした。
「ちース」
ドアノブを回し、目の前に開けた光景に、桃城と越前は揃って首を傾げた。
床の上を這いつくばる大石と乾と海堂。そしてその脇で、眼鏡をかけていない険しい顔で床を睨む手塚。その奥のベンチで、ごろんと横になる菊丸。
どう見方を変えたとしても、奇妙な光景にしか映らなかった。
流石に4回目ともなると、ドアが開く音にも気付ける様になったらしい手塚が、誰よりも先に振り返る。
「越前。それから……………河村か?」
「や、桃城ッス」
「そうか。すまない。よく見えないんだ」
「……でしょうね」
何も悪い事をしていないのに、睨まれているのだから。見えない視力を振り絞っている仕草だという事は承知しているのだけれど、桃城は思わず溜息を漏らした。
隣に居た影が、すっと動く。言うまでもなく、リョーマ。
つかつかと手塚に歩み寄って、その足下で身を屈めた。
「これ?メガネのネジって」
何かを摘んでいる指の形。遠巻きに見るレギュラー一同に、その手の中のものは見えないけれど、目の前にそれを掲げられた手塚は、凝っとリョーマの指先に焦点を合わせて、指に摘まれているものを取った。
「ああ、これだ」
「よかったね。見つかって」
にこり、と手塚に微笑むリョーマの向こうで、ベンチに横になっていた菊丸が突如として身を起こした。
「良くない!大石達が必死に探してたのに灯台もと暗しだし、俺ら全員名前は間違えられるし!」
「…手塚、越前だけは間違えなかったよな…」
「あ、そういえば……」
周囲ががっくりと肩を落とす中で、手塚とリョーマだけは恋人同士の甘い世界に突入していた。
依怙贔屓
えこひいき。手塚は越前だけは存在だけで解る。また逆も然りッス
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