ENVY me
















着ている姿を見たことがない。

二人で暮らしていくうちに、積載量が随分と増えてしまったウォークインクローゼットの中を、何度か往復した後、手塚はそういえば、とその事を思い出した。
旧知の中である友人の一人が今度、式を行うから、と今、手塚は溢れる衣服の中からスーツ一式を探していた。自分が着る為のもの、ではなくリョーマの。
その友人は手塚の友人では無く、リョーマの友人で、手塚は彼とはただの知人だった。

「………………」

ゆったりと振り返る。そこには、部屋の奥から扉の脇まで通されたバーに掛かる衣料品の森をがさがさと掻き分けつつ、目的の物を探しているリョーマの後ろ姿があった。

「………。…越前」

長年変わらぬ彼の呼び名でこちらを振り向かせて、手塚はまたゆったりと動作し、口角を仄かに吊上げる。

「買いに行くか」











勢い良く、レールに沿って試着室のカーテンが開き、中からはスタンダードな黒スーツを纏ったリョーマが姿を表す。混じりっけなしのカーボンブラックに同じ色の三つ釦。

「いいんじゃない?これで。無難だし」

試着室の前で待ち構えていた手塚に向かって、両手を広げてくるりとリョーマは回ってみせてからそう言った。
袖や裾が少々、リョーマのリーチよりも長さはあるが、そんなものは店側が改めて採寸してなんとかしてくれるだろう。

値段も手頃であったし、特に文句の付けようも無かったから、リョーマの中ではこれで決まりだった。
けれど、

「………駄目だな」

厳めしい顔で腕を組み、やけに低い声で手塚は言い切った。
反射的に、どうして?とリョーマは尋ねてみせる。そうやって訊ねてくる事が気に食わないのか、顰めていた顔を手塚は更に歪めた。

「そんな程度では、高鳴らんぞ」
「何が」
「俺の心臓が」

悪怯れも無く、将又、揶揄うでも無く、けろりと手塚が宣う。今度はリョーマが眉を顰める番だった。

「これ、結婚式に着てくだけなんですけど?」

しかも参列者として。
はっきり云って、手塚の胸がときめこうが、ときめくまいがリョーマには知ったことではない。
スーツを着るのも手塚では無くリョーマだったし、第一、今日の買い物は急を要するから来ただけの筈。リョーマの中ではそうだった。
しかしながら、提案した側の手塚はそんな閑々とした事態では無かった。

リョーマの服を買うということ、基、リョーマに服を着せるのならば、徹底的に似合っていないと気が済まない。
店の扉を潜った時から、手塚の中では小さいながらも一大戦争が勃発していた。
リョーマがスーツの群れの中をのほほんと歩いている隣で、手塚が肉食獣めいた眸をしていた事をリョーマは知らない。

数多あるその中で、どれが尤も相応しいか、そればかりに目を光らせていた。

「第一、ジャケットとパンツだけと云うのがだらしない。ベストはどうした」
「や、これでいいんじゃないですかね…?」

生憎と、リョーマはそこまで畏まる気は無い。

「馬鹿も休み休み云え。そんな格好で歩かせられるか」

キッと一睨みした後、手塚は偶然にも傍を通りかかった店員を呼び止めた。淡々とした声音で、何かを早口に言い付ける。リョーマが聞き取れたのは二つ釦だディレクターズスーツだ、サイドベンツだAMFステッチだ本切羽だと、何時何処で覚えて来たのかと思わずにはいられない単語の数々。他にも著名なブランドの名前を挙げてはアレは無いのかコレは無いのかと、兎に角捲し立てていた。
手塚の鬼気迫るその雰囲気に気圧されたのか、店員は素早い足取りでフロアのどこかへと行った。恐らく、手塚が今オーダーしたもの全てでも両手で抱えて、下手をすれば数人掛かりで運んでくるつもりなのだろう。

怯えた店員が消えて行った方向をどこか苛立たしげに眺めている手塚へと視線を落とし、試着室の上からリョーマは滅多にしない溜息を零した。

「あのさあ…。いいじゃん、これで。似合ってるでしょ?」
「似合っていないとは云わない。云わないが、最も適しているとは云えない」
「なんなの、その妙なこだわり……」
「自己満足だ」

敢えて、きっぱりはっきりと、それはもう清々しいくらいに自信有り気な様子で手塚は言った。
その過剰なくらいに鮮やかな言葉の切り口を受け、「はあ」とか「まあ」とか言い淀んだ後、リョーマは結局、二の句を告げなかった。先程の店員同様、気圧されたのかもしれない。
相手の勢いに負けている自分なんて、会うのは久しぶりだ。

漏れ出た苦笑は己へと。
高圧的な彼は嫌いでは無い。むしろ、その強引さと思いきりの良さは好ましいくらい。

「アンタってさ、恋人にめちゃくちゃ恵まれてるよね」

言外には、こんな色男が恋人で幸せな人だね、と。
どこか、心に深々と沁み入らせつつ、そう漏らしたリョーマを一度だけ瞬きをした双眸で見据え、出し抜けに浅く笑んだ。思わせぶりに。
そうして一歩、リョーマへと距離を詰める。

「羨ましいか?そんな俺が」
「………そりゃもう。その恋人、紹介して欲しいくらいにはね」

釣られる様にリョーマも小さく口端を擡げ、二人の脇で天井から吹くエアコンで揺れているカーテンを力任せに引いた。手狭な部屋の中に手塚も強引に連れ込んだ後に。
抱き寄せた勢いの侭に唇を攫い、数秒の後に離して二人揃って、くっと吹き出した。

「浮気は、しないよ」

そう言って、リョーマはまた手塚の唇を掠め盗った。


















ENVY me
『わたしに嫉妬して』
うちなんかのサイトでお名前出しちゃっていいのかしら、とそわそわムネムネしつつも、あづみ真帆さんへ。
いつか自分でリョマさんの服を仕立て出している手塚がいそうでちょっと怖いです。笑。徹夜でガタガタごとごとミシンを働かせていたりとか。あ、ミシンは是非、足踏みミシンで。
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