初めての恋
















学生は、何かと忙しい。
小学校から中学校へ上がれば、それは輪を掛けて。高校に進学すれば、更に多忙になったりするのだろう。
学業もある上に、部活もあり、家に帰れば帰ったで、父親を倒す為に一苦労するし、夜遅くともなれば、テレビも見ないといけないし、ゲームだってやらないとまずい。時折、宿題の存在を忘れて、急いで取りかかったりもしなくてはいけないし。

そんな忙殺の毎日の中、また用事がひとつ増えて、目の前の教壇に立つ教師の能弁も話半分に聞き乍ら、リョーマはノートに授業内容とは全く別の事をひたすら書き綴っていた。

(勉強は一番最後でいいし…)

行の一番下に、勉強、と書いてみるが、ふと思い直して、二重線で打ち消す。

(あー、でも、勉強できない奴は嫌いだったりする?あの人)

明らかに勉強が出来そうな面構えしてるしー…、あ、それなら勉強できないフリして、教えてクダサーイつって近付くのも手だよなあ… やっぱ、勉強は放っておこう。
二重線で打ち消した上に、同じ単語を綴る。『勉強』と。更に横には括弧書きで、教えてもらう、と書き足して。

(夜はどうせ暇だから、テレビとゲームはいいか。今の調子で…)

勉強(教えてもらう)の上に、テレビとゲーム、と書くが、またふと思い留まる。
今はまだ、夜は暇だけれど、予定では、今後の夜は忙しくなる筈なのだ。
リョーマの脳内プランでは今のところ、そうなっている。

(今からテレビとかゲームからは離れてた方がいい、のかな)

がりがりとまたその二つに線を引っ張って、保留がてらにノートの端に書き留めておく。
そのついでに、現在やるべき、雑多な事も書き留めた。

テレビ
ゲーム
打倒クソ親父
部活

手塚



「…………………」

並べた字面に、思わずリョーマは顔を顰める。

最後の項目以外に、大した興味が無かった。
少し前までは躍起になっていた、父親を打ち倒すことも、『手塚』の二文字に妙に色褪せて見える。

(親父が一番どうでもいい…)

二重線で打ち消した、勉強の文字の更に下、行からはあぶれた枠外に『アレ』とだけ書いた。

部活は、手塚と一番接触率が高いことだし、放っておくわけにはいかない。レベルの高い先輩陣は適度な遊び相手として適していることだし。
ノートの上の方に、部活、ととりあえず書く。
その上に、改めて、『手塚』と書き記した。これのこの位置だけは変える訳にはいかないだろう。

まだ、手にしていないのだから。

自殻の外では、教師が変わらずに授業を進めている。
何の授業だったかすらも、リョーマは忘れかけているけれど、周囲は必死にノートを取ったり、教科書にラインを引っ張ったりしていた。
そういえば、テストが近かったような?

それでも、勉強よりも考えることが多い。
取り敢えず、今後の優先順位くらいはこの退屈な授業のうちに決めてしまう方が良策だと、リョーマは教師の声を更に遠くへと追いやって、ノートと無言のうちに対峙した。

(もっと…こう、合理的なやり方って無いもんなのかなー……)

手塚を手中に収めつつ、テレビも見られて、ゲームも出来て、部活も出来て、勉強も出来て、おまけで父親も倒してしまって。

ノートに走る、自筆の字面を睨み、小さく腕組みして、リョーマはううん、と唸る。
便利な方程式のひとつでも、数学の時間にでも習ったりしなかっただろうか。

………。

生憎と、そんな素敵なことは習った覚えがない。
授業要項に、こういう事も含めてくれないだろうか。

腕組みを解き、代わりに頬杖を付いて、そんな理不尽な事を思う視界の中に、先程書き綴った言葉を見つけて、ピン、とリョーマの頭は何かを閃いた。

(待てよ…これとこれをこうして、こうして、こうすればー………あ、完璧じゃない?)

ノートの真ん中に『手塚』と書いて、その周囲にやるべき事を全て書いた。手塚の文字をまあるく囲ったそれらからは矢印を伸ばす。
全て書き終わって、リョーマは満足そうに口角を吊上げた。

(部活に参加しながら、勉強教えてもらう約束を取り付けて、家に来てもらった時間の合間にゲームして、テレビ見て、全部勉強が終わったらテニスに付き合ってもらって、レベルを上げて、強くなったら親父を打ち倒す。完璧完璧。それついでにあの人も追い抜かせたら儲けもんだよネー)

生活の全てに手塚を取り込んでしまえば、全ては上手くいく。予定、ではあるけれど。

(そうなると………部長をオトすのが最優先事項…ってわけだ?)

手塚、の文字をぐるぐると囲う。
それをする為に、有効な手段は―――――

リョーマはまた授業そっちのけで、手塚攻略の有効手段と思しき事項を、隣のページに書き記し始めた。



真面目な恋愛なんて、産まれてこの方、初めてなせいで、どうすれば万事上手くいくのか、結論に辿り着くには、まだまだ先が長い。
もっと、閃きで動く人間だった筈の自分が、必死に理論展開している様を自覚して、リョーマは一人、苦笑いを浮かべるのだった。


















初めての恋。
こういう手段は、むしろ、乾のがやっていそうだ。
越前流な恋愛は1に突撃2に突撃というイメージが………。子供はがむしゃらなくらいが丁度よくないですか?
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