YES OR NO
タンとステップ。
跳ねたボールをきちんと見据えて、インパクト音も高らかにラケットを凪ぎ払う。
部活中のただのミニゲームの筈の試合も、どこからともなく集まったギャラリーがぽつぽつとフェンスの周りを囲っている。
数多くの練習メニューを与えられている1年や2年の同じ部活の部員も、手を止めてこちらの様子を眺めている。
そんなに、見ていて楽しいだろうか。
ラケットを振り切ってリターンを返してから、辺りを少しだけ窺い、リョーマはリターンしたボールの行方に焦点を戻すが、
その一瞬の余所見が命取り。
ネット向こうの相手は、コートの左端に居たリョーマとは真逆の右隅へと、既にラケットを振り切った後で。
小さく舌打って、向こうへと駆けるが、メタルレッドのラケットはボールに届くことは無かった。
「余所見、してちゃだめだよ。越前」
にこり、とネット向こうで微笑む勝負相手。
「随分と、余裕じゃない」
僕って、そんなに格下の相手だったかな?
国語で習った、反語の例文にでも用いるにはぴったりかもしれない。
青学のナンバー2、天才・不二周助が格下だろうか?いや、そんな筈はない。
リョーマは、肩を竦めて苦笑した。
「御謙遜を」
「ふふ。どうもありがとう」
勝てそうであと僅か及ばない相手との勝負は中々に楽しい。
集中以外にも、遊び心を持って挑めるから。
手塚や南次郎相手となると、遊んでいる暇もない。下手をすれば、逆に遊ばれてしまう。
コートの端で転がる動きを止めたテニスボールを、リョーマはラケットで掬い上げた。
「こういうの、気になりません?」
周りを囲うギャラリー。
正式な試合ともなれば、別だけれど。先述した通りに、今は部活中のしがない1ゲームなのに。
不二もリョーマ自身も、部員同士なのだから、今日でなくとも、いつかはまたコートで対戦する日は来る。
その度に、この事態なのだとしたら、ちょっと、面倒くさい。
そんなに、見物し甲斐があるだろうか。
「僕はそんなに気にならないけどね」
ずっとこうだから。
苦笑しつつも、リョーマがサーブの体勢に入ったせいで、不二も腰を下ろし、構える。
「そうスか。あ、話題は変わるんスけどね」
キレの良い、サーブのインパクト音が高鳴る。
ボールの向かったライトゾーンに、不二はステップを踏み出した。
「なに?」
「イエスノー枕ってあるじゃないですか」
「イエスノー枕?」
話題は変わる、と前置きされたその矛先が、大いにテニスと関係が無さ過ぎる内容で、不二はリターンを返しつつ、小さく吹き出した。
リョーマが告げた単語から、いつぞやのテレビで見た、ふたつの枕の映像が不二の脳裏には過る。
ひとつにはYES。もうひとつにはNOと書かれた、形は普遍的な枕。
それでも、鮮やかなイエローを追うことは忘れずに。
「あれって、ずっと何に使うんだろうって……っ、」
足下に深く沈んできたボールをリョーマが返球する。
「思って、たんスけど、最近になって解ったんスよ」
「へえ…。越前でも最近までは知らなかったんだ」
リョーマからのリターンを、不二は鮮やかなラケット捌きでまた戻す。周囲から嘆息にも似た声が上がった。
こちらの必殺技を警戒した、スライス。
「ねえ、不二先輩。このゲーム、オレが勝ったら、」
真逆の位置を狙われて戻ってくるボールを、お得意のステップで追い付いて、緩いトップスピンで返す。
威力を二乗にして戻される相手の得意技は、元になる力が弱ければ、そうそう発動されない。その分、確実に追い付かれ、返されてしまうけれど。
ボールは向こうのポーチへと低く跳ねる。
「買ってくださいよ」
「何を?」
「イエスノー枕」
矢張り拾われてしまい、またリョーマのコートへと、ボールがただいまを告げる。
ポーチに相手を引き摺りだした事で、大きく開いたバックへと、リョーマは硬球を強打した。
不二の後ろで、久々にボールが着地した。
それを振り返り、脇を抜かれたボールへと溜息を送って、不二はリョーマへと視線を戻した。
「やだよ、そんな卑猥なもの」
「ヒワイ…っすかね?」
「どうせ、手塚に使うつもりなんでしょう?あの子、口下手だし、大層役に立つんだろうけど」
どうして、僕が買わなくちゃいけないの。
つん、とつれない顔。
彼の言うことも、御尤も。だけれど、リョーマは、に、と口角を吊り上げ、コートの外をラケットで指し示した。
不二も、リョーマのご希望通りにそちらへと目を遣る。
リョーマと不二のゲームのギャラリーをしていた部内の人間に、叱責を飛ばしている手塚の姿が、そこにはあった。
それで?とばかりに、困った顔で、不二はリョーマに視線を戻す。
不敵なあの笑みは、まだ消えてはいなかった。
「照れまくって、イエスの枕を寄越してくる部長とか、結構カワイイと思いません?」
「…………君だけじゃないの?」
「そうスかね?ノーの枕を真っ赤な顔してぶん投げてくる部長とか、冷淡な顔でノー枕を突き付けて来る部長とか、想像するだけですごいイイんですけど」
「……君だけだね」
これは、一種のノロケ話なのだろうか。
なんだか、妙に疲労感を覚えて、不二は身を翻し、コート隅で所在無く拾われるのを待つボールへと歩み寄った。
「…不二先輩、不感症?」
身を屈めてボールを拾う不二の背中へ、リョーマからの率直な言葉が飛ぶ。
ぴくり、と不二の肩が引く攣った。
「越前」
「はい?」
「覚悟は、いいね?」
ゆらりと身を起こした、コートの貴公子と仇される彼の顔を見て、リョーマは自分の失言を知った。
YES OR NO
リョーマさんの萌えドコロ?(いやいやいやいや……
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