洗いたてのシャツ
ワルイコトをした後には、必ず罰が下る。
人として、想い合う人間同士として、悪事でも何でも無い筈なのだけれど、真昼間の学校というシチュエーションで、隠れて行為に耽っているという所作は、本人達自身がいけないことだと暗に認めているも同じこと。
思ってもみなかった罰を食らった二人組はざぶざぶと、人は滅多に来ない生徒会室の前の手洗場で白いシャツを濯いでいた。
二人揃って上半身は裸で、水音ばかりを立てて、黙々と手洗場に立っている様というのは、中々に奇異な光景。
「…落ちてるのか?」
「落ちてるんじゃないの?」
「どっちも白いから判別が付かんぞ」
「それでも乾いたら周りは気付くでしょ。中学生レベルの子供って下ネタ好きだし」
お前だってまだまだ『中学生レベルの子供』だろう、と突っ込んでやりたい思いを抱きつつも、手塚は横目でリョーマを盗み見るだけに留めた。
真っ昼間の生徒会室。
執行部に依る会議が無い様な変哲の無い日は、其所は生徒会長である手塚の縄張りのひとつと化す。
そして、恋人のその権力を生かして、その部屋で好き放題するのは、しがない図書委員の彼。
「まさか、ここまで撥ねるとは思わなかったな…」
「だから、脱いでやろうって言ったのに嫌がるから……」
手を休めることもせず、学生服の白いシャツを濯ぎ、愚痴を零す手塚にリョーマはそら見ろとばかりに面倒臭げに目を細める。
「誰も来ないとは言えど、学校の一室で素っ裸になる事の抵抗は、お前には判らんか‥」
「こういう面倒くさい処理が待ってるよりはマシじゃない?かくは一時の恥、かかぬは一生の恥だよ」
「……‥それは、使い方からして間違っているな」
飛沫の洗濯ついでに、国語の高論でも垂れてやらなくてはならないだろうか。
脱いだら脱いだで、思い出すだけで恥ずかしい想い出に成り得たりするのだろうに。
何も、こんな場所でこんな時間から、淫行に耽ることも無いのだろうけれど、そこは若いお二人。
触れ、繋がる快楽を知ってしまった若い二つの肉体は、それこそ、隙さえ有らば、相手を望む。
日常の学業に、放課後の部活。それらに手を抜くこともせず、体力の消耗する様な行為を日々に追加できるのは、また、若い故でもある。
年齢のあるピークを過ぎれば、回数が減ったりするのかもしれないけれど、現況からではとんと想像が付かない。
蛇口からたっぷりと出てくる流水の下で忙しく擦り合わせていたシャツを、不意に取り出して、手塚は夏空に向かって掲げた。
睦み合いの終焉に、思い余って汚してしまったその部分の染みは、日に透かしてみても、判別が付かない。綺麗さっぱりと、排水溝へと付着物は流れていってくれたらしい。
隣でも、手塚の動きを模倣した様に、リョーマがシャツを両手で広げて、日に透かしていた。
「そちらも、もう大丈夫そうか?」
「なんとか。でも、濡れたシャツなんて着られないし、乾くまで、授業サボる」
あっちで、とリョーマは廊下を挟んで向こう側の、生徒会室の重厚な扉を指し示した。
あの部屋に入る為の資格など、持っていないと言うのに、我が物顔だ。生徒会長である自分以上に、この後輩の方が、あの部屋の占拠率はどうも高い気がする。
「部長は?」
一緒にサボる?と、日常は模範的な学生の振る舞いをしている人間に、不穏な言葉が投げかけられる。
その言葉の裏には、どうも、授業怠慢ついでにもう1戦、と強請られている様にも感じられたけれど。
「生憎と、俺は五限目は体育だ。一限分の時間も有れば、乾くだろう」
何しろ、日差しも煌々と眩しいこの空模様だ。
適度に絞って水分をきり、風通しの良いところにでもあれば、手塚の先述通りに、六限目にはきちんと乾くに違いない。
「体育って、上、素っ裸のままで教室まで戻る気?」
「そんな醜態を晒すか。既に体操着一式はこちらへ持ち込み済みだ」
「……準備のいいこと」
誘いが失敗したせいで、やや不貞腐れた面持ち乍ら、リョーマは真っ白に洗い上がった自分のシャツを小脇に携え、手塚の手に握られたシャツへも手を差し出した。
「ついでに干してきてあげる。さっさと着替えないと間に合わないでしょ?」
思いもかけずに、いつも短い昼休みは過ぎてしまう。
生憎と、この場に時間を指し示すものは無いけれど、恐らく後数分で予鈴が鳴るだろうことは感覚的に把握している。
慣例的な、経験の御陰だろうか。
常日頃、傲岸で、ついでだからと親切を働いてなどくれないリョーマの好意に、僅かばかり手塚は目を丸めるが、すぐにどこか可笑しさを秘めた苦笑を漏らした。
「では、頼む」
そのまま、すんなりとシャツを渡してくるかと思いきや、頭を覆う様に、ばさりと飛来させられて、リョーマの視界が洗い立ての白で埋まる。
俄に、それに驚いている隙に、シャツのカーテンの中で、唐突に唇を攫われる。
「覗くなよ」
カーテンを先に抜け出ていく間際に、悪戯の犯人が揶揄めいた笑いと共にそう残して、生徒会室の扉の奥に消えた。
まだ頭に手塚のシャツを被りつつ、ぽかんとリョーマはその背を見送った。
偶の親切の代償としては、釣り銭を返してやらねばならないかもしれない。
それはまあ、彼が午後の始めの授業を終え、自分が時間を潰すあの部屋の扉をまた開けた時でいいだろう。
左手に自分のシャツ、右手に彼のシャツを携えて、リョーマは風通しの良い日溜まりへと足を向けた。
洗いたてのシャツ
着衣セックスでしたら、そら汚れるでしょうよ。
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