雨上がりの青空
















右手には、相棒から借り出した部室の鍵。左肩にはラケット含めたテニスグッズ一式を詰めたキャリー。
右でチャリチャリと、左でガチャガチャと音をたて乍ら、元気に跳ねさせた髪を揺らして、菊丸は雨上がりに出来た水溜まりを飛び越えた。
着地の瞬間に、左右でまたけたたましい音が鳴るが、彼はおかまい無しに部室までの道を駆ける。

彼が目指すは、部活一番乗り。
非常に、中学生という子供年齢らしい、年相応な楽しい企み。



昼から唐突に降り出した雨は、6限目の授業が終わった頃に止んだ。
降り出した頃は、窓の外を憂鬱に眺めていた。今日は、部活は無しか、と。しかし、雨が止んだと同時、帰りのHRのチャイムが鳴ったと同時、彼は大石の元へと走った。

「大石、今日、部活やる!?」

HR終わりで賑わうクラスの扉を開いて、開口一番、大きな声でそう叫んだ菊丸を振り返って、彼の変わらぬ元気さにどこか和んだ様に名指された大石は笑顔で振り返った。

「雨が降っていた時間も短かったし、コートの水を掃けばできると思うよ。まあ、手塚もそう思ってるだろうし、今日の部活はいつも通りに、かな」

大石からのオーケーサインに、万歳しつつガッツポーズ。
そんな菊丸にまた大石は楽しそうに笑みを作って、鍵を渡した。俺はこの後、掃除当番だから、先に部室を開けておいてくれるか?という次第で。


雨の降っている瞬間は、菊丸にとっては楽しくない。
太陽が大好きだし、雨が降っている中で遊んで帰れば、家の人間にこぞって叱られてしまうから。
雨の間にそれまで蓄積した嫌な事なども釣られて思い出すが、雨が止むとそれは突如として、青空同様に晴れる。雨粒が、自己内の嫌な事を含んで、流れていってくれる様に。

だから、この時の菊丸の浮き足は誰にも止めることは出来なかった。雨上がりの青空は、空自身の嫌な事も雨として流してしまったかの様に、清々しく晴れ渡っていた。
そのビビッドなスカイブルーの下を、走って走って走り抜けて、菊丸は部室の扉の前に到着していた。

鼻歌混じりに、鍵穴へと鍵を差そうとするが―――

「………んー???」

自分が一番乗りの筈の部室の中から、どうも微かではあるが、物音がした気がした。
菊丸の目の前の扉の鍵は、菊丸自身の手の中。他に有るとするならば、竜崎顧問の元。それから、

部長である手塚の元。


ぴったりと菊丸は扉に耳を押し当てた。
やっぱり、中で何やら物音がする。がたんがたんという様な、はっきりとした大きな物音ではないが、何か、ごそごそ、というか、ぎしぎし、というか。

「…。なにやつ?」

室内の未確認物体に訝しさを覚え、菊丸は慎重にドアノブを回した。
静かに、静かに。ゆっくりと回して、こっそりとノブを引いて出来た僅かな隙間。そこから、菊丸は中を覗き込んだ。

その目に飛び込んでくるのは、身体を前屈させた、見慣れた小さな背中。
そして、その脇腹を通って抱え上げられる、白く艶かしい長い脚。

はてな、と顔を傾げた次の瞬間に、耳に飛び込んでくるのは、どこかで聞いた事がある声。いつもと違うところがあるとすれば、俄に高く、そして鼻にかかった甘さがあるというところ。

「おちび、と、手塚ー???」

キィ、とドアを鳴らし、不思議がり乍らも、見当を付けた二人の名を呼べば、こちらを向いていた背中が唐突に振り返った。
そこにあるのは、やはり見当通りのルーキーの顔。
但し、見たことも無いくらいに、焦燥した顔だったけれど。加えて、顔色は火照って赤く、じんわりと汗もかいていた。

「え、英二先輩…?」

ただでさえ大きな目を更に丸めたリョーマの体の下で、手塚の下腹が痙攣した様にぴくりと小さく動いた。
また室内に昇る、呻きにも似た、言葉にならない手塚の嬌声。
出入り口と、そこに居る菊丸の方からリョーマは視線を動かした。声を上げた手塚と、そこに埋まる自身の根元へと。

「あー……」
「な、何事?」
「驚いて出ちゃった……」
「出…………………?」

かくん、と菊丸の首が傾げられる。
非常に気不味そうな顔をしつつ、リョーマはそんな菊丸を一瞥して、顎先を扉越しの外へと指し示す。
どうも、手が塞がっているらしい。指先は、菊丸からはリョーマ自身の体で死角となっているけれど、手塚の体のアソコとアソコに。
そのBGMがてらに立ち籠める、大きく弾む手塚の呼吸音。

「すぐ済みますから、ちょっと外出てて下さい」
「済むー……って、何がー?」
「何が……って、現場押さえたくせに、何言ってんスか?」
「現……………」

リョーマが何を手塚としているのか、室内の光景を隅々までしっかりと見渡してしまってから、

「……場ーーッ!」

叫んで、扉の影に引っ込んだ。
手塚の体を弄ったまま、リョーマはそんな菊丸へと盛大な溜息を放つ。

「大きい声たてられると、折角朦朧としてるこの人の意識が覚醒しちゃうんスけど………」
「ご、ごめ…っ」
「この人がイけば後始末して呼びますから」
「わ、わかっ………た…」

開いた時と同様に、否、それ以上に、そーっとそーっと、神経質なくらいに慎重に扉を閉める。

「……えちぜ……え、ちぜん……っ!」
「出そう?いいよ、ちゃんと受け止めてあげるから」

ぱたりと扉を閉め切る前、最後に耳に届いたのは、どちらも聞いた事が無い様な、甘ったれた声と、雄の匂いがキツい香水くらいに香る声。
閉じ切った扉に背を預け、無意識に出た大きく長い溜息と共に、菊丸はその場に蹲った。

「…びっくりした」

雨上がりの青空の下で、思わぬ事実の拾得。
視線の先の水溜まりが映す上空のその晴れ晴れしさを眺め乍ら、同時に菊丸は今迄秘密にされていたその事実に、

「言ってくれてもいいのに…。友達甲斐、無いんだからー……」
と、小さく愚痴を零すのだった。



















雨上がりの青空
こうして知られていく訳ですか。(悲惨だ…)
普通は見られた側は半端無く驚くとは思うですが、デフォルト王子設定なら、見られてもこんな感じでやり過ごしそうだなあ、と思って。
菊はちょっとは天然入ってても良いかと。
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