本当の気持ち
暇があれば学業学業。一日の半分以上は勉強勉強。
学生は、ノートや教科書とお友達なのが常の姿。
それらに依って身に付いた学力が如何なものか、判定する為に定期考査は設けられる。
3年になって初めての定期考査。返却されてきたその答案を片手に、部室への道中で手塚は途方に暮れていた。
部活に精一杯励みつつ、学業もやって退ける事は、中々に大変。
欄をめいっぱいに埋めたとしても、誤答だったりすることもあるが、手塚としては、空欄のまま提出するよりは、何かしら書いておくことに努めている。
日々、そうして来たのだけれど―――。
今回は埋めるにしては、有り得ないもの『ばかり』を書き過ぎていた。
テスト中に気がそぞろだったとしか思えない。
採点をした教師の手に依る、赤ペンで撥ねられている箇所には、馬鹿みたいに丁寧な字面で、”越前”の二文字。
ああ馬鹿だと、もう一度紙面を見て、手塚は溜息を零した。
確かに、部活に居る”越前”と名を冠した人物は、気に留めている。留めてはいるが――
「ここまでだったなどと、誰が思うか」
責めるのは自分自身。まだまだまだまだ、先ではあるけれど、中学3年生という学年の成績は全て、受験の内申に響く訳で。
つい、今し方も、担当直々に呼び出しをくらって、悩み事でもあるのか?と尋ねられた程だ。
まあ、この答案を見れば、誰でも、それくらいは思ったりするのだろうけれど。
重症だ。
手塚は答案をきちりと折り畳んで、鞄の中へと片付けた。
鞄の中には、仕舞った教科以外のテストも入っている。それら全ての、正答が解らなかった欄には、越前。越前越前越前。
「これは、もう―――」
アイツ自身に責任をとってもらおうか。
手塚らしからぬ、責任転嫁な考えが、放課後の空の下で浮かんだ。
「オレって馬鹿だったのかな―――」
一人ぽつんと佇む部室で、鞄の中からくしゃくしゃに丸めたテストの答案を片手に、リョーマは途方に暮れた。
中学に入っての、初めてのテスト。
赤ペンで撥ねられた箇所が、一見するだけで其所此処に簡単に発見できる、惨敗の結果。
レ点の合間に時としてある、丸印。確かに、ここは書いた覚えがある。逆に、レ点で撥ねられている箇所は、何故だかとんと記憶になかった。
今、答案を見返してみれば、罰点を食らっているところの正答も、きちんと解る。
同じ問題を目の前に晒されれば、こんな、”手塚”だなんてとんでもない誤答を書いたりは、きっとしない。
それなりに、学力は身に着いている筈なのだ。
皺だらけの数枚の答案を手に、リョーマはベンチへと腰かけた。
「確かに、気になってはいるけどさあ―――」
幾多もの回答欄を埋めた、”手塚”の名を持つその人物のことは。
先天性なのか後天性なのかは知らないが、群を抜いたカリスマ性。それに引けを取らない、相応の実力。
それら一切を含んだ、彼自身の存在というものは、出逢ってから確実に惹かれている。
自分の好みがああいう人間だったかどうか、覚えは無いけれど、どうも本心ではあの人間を欲しているらしい。
そうでも無ければ、テスト中に無意識で”手塚”の文字ばかりを書く訳がない。そうとしか、説明は付けられない気がした。
「んー………」
また、答案をくしゃりと丸めて、リョーマはそれらをポケットに捩じ込んだ。
これは、もう、
「あの人に責任取ってもらう他、無いよね」
真っ白なキャップ帽をいつも通りに被って、責任を押し付ける独り言を漏らしてベンチから立ち上がったリョーマの目の前で、部室の入り口のドアノブがくるんと回る。
「越前」
「部長」
どちらも、僅かばかり驚いた表情での対峙。
そして異口同音に、
「責任、取ってもらおうか」
「責任、取ってもらうからね」
本当の気持ち。
教師陣はきっと物凄く心配しているに違いない。
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