吐息を重ねる瞬間
生きていく上での物事の教授は、先達からだとばかり思っていたけれど―――
離した唇の後、零れる吐息を重ねつつ、手塚は薄らと目蓋を持ち上げ、文字通り鼻先にあるリョーマの顔を上目蓋と下目蓋の隙間から盗み見た。
すぐに、距離は詰められて、相手の顔にピントを合わせられなくなる。
耳の裏を柔らに撫でられる指先が気持ちがいい。
そのまだ幼い指の感触と、口内のキスの味とに酔いしれ乍ら、手塚はリョーマの項に腕を回した。
中学3年生というこの年で、キスを覚えたというのは、世間的に見て早いのか遅いのか、手塚は知らない。
色事には、然してどころか、一片の興味すらも無かったというのに。
唇同士で触れ合っていても足りないらしい貪欲な少年の手は、こちらの肌を執拗なくらいに撫で回す。
ほんの数カ月前、中学の2年の頃には想像すらしていなかった。
キスに溺れ、肉欲を時として求めてしまう自分なんて。
色恋沙汰の技術を叩き込んできたのは、2つも年下の人間。人生、どう転ぶかわからないなと、尽く尽く手塚は痛感する。
リョーマがキスが上手いか下手か、リョーマ以外に関係を持った事のない手塚では判断できない。
かと言って、同い年の癖に手練た風な不二や乾に確かめさせる訳にもいかない。恋人を安売りできる程、手塚は軟派な人間ではなかった。
手塚の勝手な予想としては、上手いのだろうと思う。
何度、唇を合わせても、不快な思いには至らないし、第一、最中は酷く悦い。
キスそのものがこういったものなのか、それも手塚には判別不可能。誰か他の人間とキスを試して、リョーマとのキスと比べるような真似ができる程、手塚は身持ちが軟らかくない。その点に於いては、がちがちに堅い。
二股、三股、なんて器用な真似は自分には到底できないだろうことぐらいは、手塚も知っている。
今、貪っている目の前の相手以外に気持ちを傾けられる自分なんて、手塚は知らない。
一途だな、俺も。
次のキスまでの小休止。一度唇が離れた瞬間、自分への呆れの嘆息を混ぜ込んで吐息を洩らせば、何故だかリョーマも苦笑した。
「人間って不便だな、って時々思ったりしない?」
苦笑うリョーマの頬は僅かに赤い。このまま、次のキスで巧妙に仕掛ければ、壁際のあのベッドで仲睦まじく行為に耽られるかもしれない。
数カ月前までは抱くこともなかった情欲の兆し。キスで傾倒され始めているのは手塚も同じだった。
「酸素取り込めるのが鼻と口しか無いなんて不便」
いっそ皮膚呼吸でもできれば良かったのに。
そう零しつつ、リョーマはまた手塚の呼吸器のひとつを己のそれで塞いだ。深く潜っていくことはせず、啄むだけで一度止める。
焦らされる感覚に、手塚は堕ちた。
項に掛けた腕を引き寄せて、自らリョーマの唇を塞ぐ。宥める様に髪を梳かれて、リョーマから唇を離された。
突き出たままの自分の舌先がなんだか情けない。
「皮膚からも空気が吸えたら、もっと長い間中キスができるよね」
唇を離したと云えども、二人の顔の距離は1センチも無く、リョーマが言葉を洩らす度に吐息にも似た熱い呼気が手塚の唇を嘗めた。
身体のどこかがぶすぶすと焦げそうに痛い。わざと視覚を遮断して、見目には控えめに手塚は続きを強請った。
殴りたいくらいに愛おしすぎる恋人のそんな素振りに、弱冠の少年の理性は慮ることを知らず、
「今から死ぬまで、キスしてたいね」
何十年、何万時間もの間、ずうっと。
仕舞いには、いっそ酸素が無くても生きていける身体だったら良かったのに、と生物学上有り得ない文句を吐き乍ら、リョーマは恋人のお望み通りに唇を喰らってやった。
吐息を重ねる瞬間。
キスばっかしてキスばっかしてキスばっかりしているリョ塚さん。
文字でキスシーンて難しい…それでも書く努力はします。キスシーン好きなんだもの。
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