背中越しに抱き寄せられて
ひょっとしたらそうなのだろうかと思った。
丁度、鳩尾の上で組まれる、背後から回された小さな手に。
こんな小さな腕ですっぽりと収まるくらいに、自分の身が薄かったのかと、手塚はひょっとしたらそうなのだろうかとふと思った。
その腕の持ち主に、それとなく尋ねてみれば、それまで背中に埋めていた顔をむくりと持ち上げて、訝しがられた。
「何言ってんの、今更」
次には、盛大に溜息を吐かれる。
そんなに呆れられる事を言っただろうかと、内心、手塚は首を傾げた。
己の体についてなぞ、精々、病気をしない様に心掛けるだとか、清潔にしておくだとかしか、手塚には留意することはなかったから、ふと、思い至ったのだ。
年が二つも下で、背も随分と下な、小柄な少年の腕に収納できるくらいの痩躯だったのか、と。
一度は擡げられていた頭が、また手塚の背に埋まった。
「身長いくつで、体重いくつ?」
「179の……ごじゅう……はち、だったかな」
「どうして自分の事なのにちゃんと覚えてないの」
言葉終わりに、忍び笑いが聞こえてくるから、どうやら詰られている訳ではないらしい。
寧ろ、自分のスペックに疎い手塚を揶揄している風。どうして、そこで揶われるのか、手塚には不思議で仕様がなかったけれど。可笑しな発言をしたつもりはない。
自分の身長体重なんて、春先に慣例の身体計測をしたきりだったし、繰り返しになるが、自分の体型如何に関心など露と無かったのだから。
くすくすと小さな笑いを零し乍ら、細いよ、とリョーマが手塚が答えた身長体重への感想を端的に述べた。
「そうか?」
「うん。ちゃんと食べてる?」
「当たり前だ」
「どうかな……。…腰だって、こんなに細いのに」
手塚の脇腹を通って体の前で組まれていた両手が解かれ、ゆったりと体のラインを辿って手塚の腰を左右から掴んだ。
成る程、指摘される様に、改めて眺めてみれば細いのかもしれない。
「この細さって、もう男の腰じゃないよね」
背中で笑いを漏らされる度に、小さな反響音が体中に伝達される。
リョーマの言葉に、そうだろうかと手塚が首を傾げている間に、腰を掴んでいた手はするすると下降した。
「……――ッ」
手塚が事態に気付いたのは、遅かった。
本来なら、体のラインを撫でられている時から気付くべきだった。リョーマが体型の話に託つけて、セクシャルなニュアンスで手塚の体に触っていることに。
その意味を手塚が気付いた時には、リョーマの掌は、伸ばした手塚の太腿の上に。
外側のラインから、内側の際どいところまで、衣服の布越しにねっとりと撫で摩られて、少しばかり膚が粟立った。その瞬間に小さく身震いしてしまったことに、背後で密着しているリョーマは気が付いてしまったかもしれない。
リョーマの意図に漸く気が付いた手塚が、咎める目付きで肩越しに振り返るけれど、そこには悪戯心で染め上げられた子供しかもう居なかった。無邪気な悪戯坊主ではない。邪気丸出しの、欲望に忠実なところばかりが『子供らしい』子供。
一度だけ、リョーマは手塚と目線を合わせてから薄く笑ってみせ、また手塚の背中に横顔を押し当てた。腕は変わりなく、手塚の細い腿の上を行ったり来たり。
「細いね」
「越前………手を…」
どけろ、と続けたいのに、擦り続けてくる指先に息が弾まされそうで、手塚の語尾は消化不良のまま口内で掻き消えざるを得なかった。
言葉終わりを濁らせた声は、聞き間違えれば酷く怯んだ様子にも見える。
耳に宛てがった手塚の背から、跳ねる動きにも似た鼓動が聞こえてくるものだから、それが彼を負かせている様で、リョーマの興を十二分に誘った。
ああ楽しい、と内心で今この瞬間の勝利を噛み締め、そしてリョーマは声に出してくつくつと笑った。
「もっと大きくならなくちゃ、オレには勝てないですよ?手塚セーンパイ」
自分の発言で更に機嫌を良くしたのか、喉元で笑っていただけの筈の笑い声がたっぷりと余裕を纏う。
「……………」
売られた喧嘩は買う。一部の世界では鉄の掟。
そう、男と男なら。まして、日々、競い合うイチ好敵手としては。
鉄則宜しく、手塚はぴたりとリョーマに誘われそうになる己を抑制し、徐に脚を撫で摩るリョーマの両手のうち、左手を捕らえた。
そして、リョーマが、あっとも言えない間に、その指先を口許に運んで、噛み付いた。
爪、指の腹に背、ひとつの指にふたつある小さな関節。執拗にそれらに歯を立てる。噛み応えのある何かの食べ物でも咀嚼するとでも言わんばかりに。―――何も、指を引きちぎってやろうとは思ってはいないから、飽く迄、上歯と下歯でややきつく挟む、という程度だけれど。
リョーマが何事かを抵抗代わりに発する前に、舌先でこれまたたっぷりと舐め上げてから、口腔から引きずり出した。
「お前でも食って大きくなるかな」
至って真面目な顔で、さらりとそんな事を言われて、噛みしだかれて出来た幾つもの赭い跡を点々と残す指先をふとリョーマは見下ろす。
背中に押し当てていた筈の顔は、いつの間にやら手塚の肩の上に乗っかっていた。
歯形を付けられた上に唾液塗れなせいでぬらりと光る指先と、手塚の横顔とを見比べて、リョーマは吹き出した。
「上…ッ等。アンタがオレを食べてる間に、オレもアンタ食べて大きくならせてもらうよ」
そして最後には揃って大きくなった二人が残るのだと、笑顔のままで告げるリョーマの指を手塚はまた口に運び、然も負けてなるものかと、リョーマも手塚の首筋に噛み付いた。
背中越しに抱き寄せられて。
最後、もう背中関係ないし……。お題をちゃんとこなせているのか、甚だ不安な一品。(や、いつも書き終わりには感じることなんですがな…)
お互いに食べ尽くしたらそれはもう、そして誰もいなくなったの世界ですがね…うん。
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