もう離さない
















欲望に負けない自信はあったのに。

揺さぶられる天井を見上げつつ、手塚は今にも飛びそうな自我を必死に捕まえながら、そんな風に思考を飛ばした。
喉の奥からは先刻からずっと、聞いたこともない自分の声が発され続けている。非れも無い、どこか女々しい叫びにも似た声。
それを恐らく聞き乍ら、自分に覆い被さる少年は愉しそうな表情を引っ込めることをしない。
欲望の侭に生きてはいけないと、己を律していた筈だったのに。

そうだった筈なのに、どの瞬間からその決意が曲がったのか、相手から加えられる律動に合わせて、腰をくねらせ始めている自分がいた。
そして、それを恥だとは微塵も感じていない自分も。



「――…ッ、や……  んっ…あァ………っ、」

一頻り啼けば、必ず次の瞬間には相手の名前を呼んでしまう。

「え……ちぜん…………っ」

眼鏡も外されて、視界がおぼついていても確りと姿が見える距離にいるのに。それでも、名前を呼ぶ。
そしてその呼びかけの度に、汗を滲ませた掌で頬や額、髪を撫でて呼び返してくれることが、手塚が意識を拡散させていくのを手伝っていた。



財欲・飲食欲・名誉欲・睡眠欲。五欲のうちのそれらは、自律していれば、耐え得れる。
現に、手塚はそれらは全て律してきた。
五欲の残り一欲、色欲。今迄は、それすらも律してきた手塚ではあったけれど、唯一相手が居て成り立つこれは、自分一人が律していても然して意味が無いことなのだと、今日この瞬間に手塚は知った。
求められることに、こんなに箍を外す自分だったとは、到底思いつきもしなかった。


頭が真っ白になる。
自分の腹の上に、小さな水音が撥ねた。その次には、腑を遡上してくるナニか。
真向かいで、果てたリョーマがひとつ大きな息を吐き出していた。
疲労感にも、その吐息は似ていたけれど、もし、次の瞬間に疲れたとでも言えば、頬を張ってやろうと思う。

まだ、足りない。

そっと手塚はリョーマの背に腕を回して、彼の身体を引き寄せ、耳元に呟く。
リョーマは、さもげんなりとした風な顔を見せた。それでも、言葉では何も言い咎めはしないけれど。

唯々諾々とばかりに、何度かキスを与え、リョーマはまた動きだした。

そうこなくては。
こっそりと手塚は口の端を擡げ、そう零した。

色欲か物欲か。
もう離さないと、酔ったままの手塚の心は呟いた。
離さない、というよりも、離せない、離せる筈がない、と。


















もう離さない。
……みじか…。
最中は主導権をやや握る手塚さんであってもよろしいかと。それ以外はそれをネタに越前さんにからかわれていればいいさ。うん。(自己完結
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