次の恋なんて考えない
















そんなこと、と告げてから、何やら諦観した顔で手塚は溜息を吐き落とした。

「有り得ないんじゃないか…?」
「うわ……ノロケ?」
「当事者に惚気てどうする」

夢の中で手塚が自分以外の誰かと仲睦まじそうだったと、やけに色を悪くした顔で開口一番に告げ、続けて別の誰かと恋をしたりするの?と傲岸にも聞こえる問いをリョーマは質してきた。
それに対する手塚の返答が先のものとなる。

「じゃあ、そのココロは?」

手塚の隣でリョーマがまた尋ねてくる。
即座に答えが出てくるかと思いきや、予想に反して手塚は自分の真意を述べる事に難渋している様子を見せた。
視線が上空を漂う。リョーマも倣って、手塚が納得行く答えを頭の上に探してやった。

僅かに間があってから、手塚は騙し騙しと云った風に真一文字の唇を解いた。

「油断大敵」
「ユダンタイテキ」
「意味は?」
「油断せずに行こー?」
「……まあ、おまけで正解にしておいてやってもいい」
「うわ、態度でかっ。何様だよ」
「肩書きは幾つかあるぞ」
「部長様生徒会長様手塚様テニスの王子様?」
「最後のはお前の肩書きじゃないのか?」
「じゃあ、部長はテニスの女王様、で。女帝でもいいけど」
「…俺がお前の母親なのか…?」

そっちが王子様でこっちが女王様ということは。

「部長の股から生まれてくるんだ、オレ………」

ふと、考えるように押し黙ってから、

「それも悪くないね。…で?」
「で?」
「解説は?」
「何の」
「ユダンタイテキの」

リョーマがそこまで言い及んでから、手塚は解悟したようだった。ああ、と然も思い出したとばかりに声を漏らす。
先程、僅かなものだったけれど、時間を要して出した真意を片付けてしまっていた頭の中の引き出しから取り出して、リョーマの目の前に翳してやった。

「脇見をしていたら、お前に主導権を握られる」
「?  いいんじゃないの?」
「良い訳あるか」

そう言った手塚はちょっと怒っている様に見えて。
どういう謂れでそんな感情に至ったのか、リョーマは手塚を眺めるに徹することにした。黙っていてやれば、自然と手塚が続きを喋り出した。

「俺にだとて、狩猟の本能くらいある」
「ううんと…………ちょっと抽象的」
「掘られてばかりが俺じゃない」
「掘ってみたいの?」

オレのこと、と続けたリョーマの口許はどこか引き攣り笑う。
相対して、手塚は愉悦気味に口端を少しだけ吊上げた。

「まあ、偶には?」
「そんな度胸無いくせに」
「試してみるか?」
「や……それはちょっと……。別に望んでないし。オレも、画面の前の皆さんも」
「画面?」
「ああ、こっちの話。スルーしてくれていいよ」
「ふうん?」

面白くないとでも言いたげな表情。
不貞腐れた様なそれは、少し前まではこちらの専売特許だったのに。
少しずつ、こちらの癖は向こうに伝染していっているのだろうか。と、いうことは、つまり、向こうの癖も気付かぬうちにこちらに伝染してきているのだろう。
こういう形でひとつになってみるのも、ひょっとしたら一興かもしれない。

長年連れ添った夫婦は似通って来るというし。

「ええと、つまるとこ、オレに対して直球で真っ向で真剣勝負なんだ?」
「生憎と、負けず嫌いの性格でな」
「自覚、あったんだ?」
「お前も、そろそろ自覚した方がいいぞ。その性格」
「男前な部分は生まれた時から自覚済みだから御心配なく」
「そっちではなくて…」

妙に今日は話が逸脱しやすい。
春の陽気にでも当てられただろうか。五月病はする体質ではなかった筈だが。

「なに?オレが男前じゃないとでも言いたいの?その口振りは」

こっちは完全に五月病だろうな、と見下ろしつつ思う。
世迷い事を抜け抜けとよくもまあ言えるものだ。

「充分、益荒男だよ、お前は」
「どうも。羞花閉月の君」

なんだ、油断大敵が書けない様な日本語に不自由した奴じゃないんじゃないか。
それが自分からリョーマへと伝染していった部分だとは知らずに、手塚は感心を覚えた。
伝染に勘付いているリョーマと勘付いていない手塚。形勢の優劣は少しだけど確実に着いている。
この状態で次の恋への余所見でもしようものなら、手塚はリョーマの下からの脱出は不可能。

だからこそ、今、目の前のこの相手の事だけを考えていなくては。一途な想いも、きっと悪くはない。



















次の恋なんて考えない。
考えられない、考えたりしない、ではなく、考えない。仮定ですら考えることがない、というのはどういう状態だコンニャロウ、とぐるぐるしたら、一途、に辿り着きました。
わたしは結構好きですけどね、一途な人も一途な想いも一途な遣り方も。
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