君が信じるというのなら、それは叶うしかないだろう。
















好き、好きだよ、好きなんです。

どれがいいだろうか、と遅刻の罰走をこなすリョーマは頭を悩ませていた。
タン、タン、トン、と反省からは程遠い、能天気な自分のスニーカーの裏が足音をたてる。

背が低いのを利用して、ちょっと上目遣いで可愛らしさを全面に押し出してみようか。
いやいや、そういう惚れさせ方をしたいんじゃないんだよな。可愛らしさで惚れ込ませたら後々、厄介な事になりそうだしなー…。

「突っ込まれる側なんて、ヤだし」
「へえ、誰に突っ込んでもらうつもりなの?」
「や、突っ込まれるんじゃなくて、突っ込みたいんスよ」
「ふぅん。いっちょ前にオトコノコなんだね、越前も。で、誰に?」
「そりゃ、部長に――――……って、不二先輩……」

今日の遅刻者は自分だけの筈なのに、隣をいつの間にか走っている不二がリョーマの顔を見下ろし乍らにこりと笑った。

「……いつの間にそこにいたんスか」
「越前が5周目終わった頃からかな?」

足音が二重になっていたことになんて、気付いていなかった。
5周目を終えた頃と云えば、リョーマが走り続けるという単調な行動に飽きて、余所事に意識を飛ばし始めた頃。
リョーマの感覚が狂っていなければ、今は確か8周目の半分程。どれだけぼんやりとしていたのだろうかと、リョーマは己自身に首を傾げた。

「それにしても、越前は手塚の身体狙いだったんだ」
「人聞きの悪いこと云わないで下さいよ。純粋に恋に落っこちただけッスよ」
「ふぅん?一途な恋をしている少年って、突っ込む突っ込まないについて考え出すものなんだ?」
「オトコノコとして健全じゃないッスか」

もう、半ば自棄だ。独白を大胆不敵にすぐ隣で盗み聞きされているとは思ってもいなかったのだから。
投げ遺りな発言を呈したリョーマに、不二は苦笑してから、

「ませガキ」

彼なりの、先達としての注意を施してやった。発言が粗暴めいているのに、表情は上品な笑顔なのだから、そのギャップが何だか怖い。

「告白もしてないうちから肉体関係の妄想なんて、考えが飛躍してない?」

まずはオーケーを彼から貰うところからでしょう?
その発言が至極尤もな事はリョーマも重々承知だ。承知、なのだけれど。

「どういう言い方ならあの人のツボをくすぐれるか解んないんだから、しょうがないと思いません?」

何せ、リョーマと手塚の付き合いはまだ数カ月なのだから。加えて、学年も違えば、揃いも揃ってポーカーフェイスな上に口数も少ない。
手塚が多弁になる時と言えば、練習メニューを発表する時くらいだ。部室で不二や菊丸、桃城の様に取り留めも無い巷の話題に花を咲かせている姿などリョーマは見た事が無い。

しょうがないと言えばしょうがないけど、と苦笑してから、不二は創意工夫が足りないね、と続けた。

「恋に迷った時と言えば、これだよ」

そう言って、リョーマが並んで走る位置とは逆の手を、擡げた。
腕を前後に振るついでに、体勢を前のめりにさせて不二のその手元を覗き込めば、アプリコットオレンジが目に眩しいガーベラの花が一輪握られていた。

「…不二先輩、どっからそれ……」

気のせいでなければ、校長室の前に生けられている花は昨日から色とりどりのガーベラの群れだ。
そこに、今、不二が持っている色もあった様に思う。
リョーマの疑惑を余所に、不二は「まあ気にしないで」と可憐に微笑んだ。

微笑み具合が実にガーベラとよく似合う。似合いは、するのだ。外見は。

「で、それをどう………」
「好き」

どうするんですか、とリョーマが最後まで尋ねる前に、不二は一重咲きの花弁をひとつ、プチンと引き抜いた。
そして次には「嫌い」と発言してまた一枚。
すき、きらい、と何回か告げて、その度に花びらを1枚千切って見せてから、不二は手の中の一輪をリョーマに差し出した。

「僕の姉さん、占い師なんだ」
「それがどう………――」
「占い師の弟にも、多少の魔力はあると思うよ?」

占いと魔術は、現代では微妙にニュアンスが違うだろうに。
どこから突っ込んでやろうかとリョーマがうんざりとしている間に、差し出されいた花が耳元にかけられる。
どこかの少女漫画にこんな格好をしたキャラクターを見たことがあるようなないような。

「まあ、お似合い」

うふふ、あはは、と恐らく揶揄い笑いを残して、それきり不二はリョーマを抜いて走り去った。
残されたリョーマは呆けた顔をして、テニスコートへと向かっていく不二の背中を見送るばかり。
その延長線上で、うっかり手塚の姿を発見してしまったりして。

「…………………」

後ろ姿だけのそれを見遣った後、自分の耳に引っ掛かりながら、リョーマが足音を響かせる度に頼りなげにゆらゆらとそれを横目で眺めて、暫間の後に引き抜いた。

今時、どれだけ乙女思考の漫画や小説、児童文学書でもやらないようなことだけれど、何かの気休めぐらいにはなってくれるだろうか。
一人前に、相手が受け入れてくれるかどうか、一片の不安もあることだし。

題目をつけるとすれば、「手塚は自分の事が、」

「すき…」

花弁の端を摘んで、少しだけ力を外に加えれば、プツンと緑の花心から根元が抜ける。
抜いた花片はそのままはらりと流して、次の1枚に指先を掛ける。

「きらい…」

プツン、と全く同じ音で花唇は抜けて、また指先から踊り落ちた。
一介の単語の癖に「嫌い」という言葉は何だかムカついた。嫌いだなんて、言わせてやるものか。

花の精がお伽話の様にもしもいるのなら、どうか幸運な結果をこの手の中に。


トンタン、と進む足音を、好き嫌いと繰り返すリョーマの声が覆った。
砂地に残る浅い足跡を、はらはらと舞い落ちたガーベラが密やかに彩った。










そうして出来上がったガーベラ塗れのグラウンドを後にして、リョーマは珍しく息を乱し、コートのドアを開けた。
すぐ脇には、部員を監視するべく腕組みの姿勢で佇む手塚がいる。

「部長」

そう声をかけたリョーマを、いつもの厳格な顔のまま、手塚は振り返った。

「走り終わったか。柔軟をよくしてからコートに………」
「運命の思し召しだよ」

手塚の月並みな部長台詞を遮って、リョーマは左手を高々と突き付けた。握られているのは、丸い花心に1枚だけ残った鮮やかなオレンジ色の花びら。

「部長って、オレの事好きでしょう?」

花占いとリョーマとのランニング中の遣り取りを知らない手塚は、訝し気に顔を顰める。
そんな手塚に、オレもだよ、と笑顔で告げて、リョーマは最後のひとひらを宙に舞わせた。




















君が信じるというのなら、それは叶うしかないだろう。
タイトル長ぇ……。
花占いって青春アイテムっぽいですよね。

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