二人の為の白いベッド
















両手から溢れる白く細やかな花々を、肩の上でガサガサと揺らすリョーマは母親から言い遣った買い物の帰り道。
その帰路の途中で、手塚を拾ってから、帰宅を遂げる。

説明も何もせず、拉致に近い形で部屋から拾ってきたものだから、後ろを続かされた手塚は何やらご機嫌が優れぬ様子。
けれど、頼まれた買い物の品物をリョーマが母親に渡しているその場面では、猫を被って良い子面。
年長者への外面の良さを弱冠にして習得しているとは、なんて小憎たらしい。

そんなおしゃまな手塚を後ろに従えたリョーマからスーパーの袋を受け取ってから、倫子はリョーマの肩を指し示してくすりと微笑った。

「カスミ草だけそんなに買って、何に使うの?」

オタノシミだよ、と母親に向かってにこりとリョーマは朗笑ってみせる。
そして、また手塚を引き連れて、リビングの外へと抜けた。そのまま、2階のリョーマの部屋まで続く階段を上る。
一段上る度にリョーマの肩の上、手塚の鼻先でカサカサ、ガサガサと束ばかりは大きい小振りの白い花が揺れる。

階段を全て上りきるまでに、新聞紙で簡易包装されたその花束の中から枝頂に咲いた花をいくつか毟って、手塚はリョーマの髪の上にばらまくという悪戯を試みた。
青味がかる艶々とした髪に、霞はよく似合った。
部屋の扉の前でそれがばれた時には、何やってんの、と少し叱られたけれど。



資金元はおつかいのお釣りなのだと、花束を覆う新聞紙を解くリョーマから、手塚はまずはそう説明を受けた。
買い物を頼まれた時に渡されたものは1万円札。その割には、結局のところの買い物は食パンひとつで。元より、釣り銭を小遣いとしてくれる腹積もりであったとしか思えない。
だから、質量がまるでない癖に値段だけは矢鱈張るこの花をこんなにも大量に買うことが叶ったのだと、包装していた新聞紙を床に放り投げて言うリョーマは機嫌が良さそうだった。

両手でごっそりと抱えたその戦利品を、どうするのだろうかと手塚が視線で追う中で、リョーマは自分のベッドに放り投げた。
纏ってシーツの上に墜落したそれらを、束から単体にばらけさせて、ものの数分で霞草はベッドの表面を覆った。真ん中には、人が寝転ぶ為とばかりの窪みを設えられて。
その作業を終えたリョーマは満足した様にひとつ頷いてベッドを見渡してから、くるりと手塚を振り返ると、彼の腕を掴んでベッドの方へと身軽に放り投げた。
咄嗟のことに、思わず手塚は霞草の中に尻餅をつく。唐突な重量に、古くも無い筈のベッドのスプリングはぎしりと呻いた。

衝撃で些かずれた眼鏡を元の位置に押し上げて、取り敢えず手塚はリョーマを睨み上げた。
その視線の先には、にっこりと楽しそうなリョーマが立っていたかと思えば、すぐに身を屈めて、縁に腰掛ける形となっていた手塚の目線に己のそれの高さを合わせた。

「スリーピングビューティの一幕をやってみたいんだけど」

連れてこられた理由はそれなのか、手塚がそう尋ねれば、うんまあね、と何とも暢気な声で返事がやってきた。
つまりは、花に埋もれて眠ってみせろと、そういうことなのだろうか、と手塚は自分の背後に広がるカスミ草の大群を振り返った。
いつか見た映画の眠れる美女は霞草ではなく、白薔薇か何か、もっと気品漂う花の中で熟睡していた様に思うけれど。

広げ方が雑なせいなのか、なんなのか、見れば見るほど悪趣味に見えてくるベッドに身を倒すことに手塚が躊躇している間に、リョーマは笑顔のままで手塚の肩を押しやった。
抵抗する間も無く、あっさりと押し倒されてしまってから、まあいいかと手塚は容易く流された。

創意工夫、という点では多少の評価くらいくれてやってもいい。



花屋に顔を並べる他の花々と違って、香りはまるで無いということに、伏せた瞼の裏で手塚は感じ取った。
口腔を嬲られる度に、無意識に逃げる様に動いてしまう頭にぶつかって、しゃなりと小さく音をたてるばかり。匂いは殆ど無く、音ばかり。
リョーマがベッドの淵に片膝を乗り上げさせた時も、手塚が投げ出した手をリョーマの項に絡めようと擡げた時も。
揺れるばかりの花からは鼻孔を刺激してくる芳しい香りはしなかった。

「眠れる森の美女の中に、こんなシーンは無いだろう」

口吻を修めてから、少しだけ朱が差す目許で手塚はリョーマにそう質した。自分だって愉しんだ癖に、どこか批難めいた口振り。
そんな手塚の輪郭をリョーマは指の腹で撫で上げる。

「普通、いい年した男が一目惚れした女に触るだけのキスで気が済む筈無いと思わない?しかも相手は無抵抗」

最後までヤっちゃうのがオトコってもんでしょう?
まあ随分と品の無いことを言って退けるものだと、首に回した腕で続きをじわりと催促し乍ら手塚は思う。
飽く迄あれはおとぎ話なのだから、妙なリアリティは追究するべきではない。子供に語って聞かせる夢物語に、男女の契る場面を挿入なぞすれば、途端に口煩いPTAの方々の批難の的になるだろう。
そんな肉々しくもファンタジカルな話は手塚も少し遠慮したい。

「向こうの王子様は紳士的だったんだろうさ」
「もしくは、ただの無能だったか。ってね」

生憎と、こっちの王子様は有能でしかもちゃんとオトコだから、最後までヤっちゃうよ?
に、と口角を持ち上げたリョーマに、どうぞお気の召すままに、と手塚は小さく笑ってから己を差し出した。

二人の下に敷かれた霞草はざわざわと引っ切り無しに揺れて、その殆どは事の終わりにベッドからはみ出て、煙る白一色で床を染め上げていた。


















二人の為の白いベッド
何がしたかったって、ベッドの縁に押し倒した手塚を正面に置きながら片膝をベッドに乗っけてぎしってスプリングを軋ませる越前さんですがなにか。
脳内イメージでその周りで点描がかかっていたので霞草が代打なのです。

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