belladonna nightstar
朝も早くの練習。男所帯であるテニス部室に華やかさが持ち込まれたのは、ほぼ全員が集合し、もそもそと着替えが各位、行われた頃合いだった。
簡易的な包装紙に擦れて、カサカサと音を立てるそれを小脇に抱え、周囲の視線を集めながら自分のロッカーへと向かう海堂の後を、一足早く着替えを終えたリョーマが追った。
「ちーッス」
リョーマがかけた声に、海堂は一瞥するだけで答えた。そのまま、部員の中で誰よりも黙々と学生服を脱ぎ出した。
そんな海堂の隣からひょこりと身を乗り出して、リョーマはロッカーの中を覗き込み、一片の遠慮も無しに、大輪のそれを一本取り出した。
花屋でラッピングしてもらう様なきっちりとしたラッピングでは無いものだから、それはいとも容易く成功した。
抜き取った1本を手に、太い茎をごきりと折ったり、白地に走る鮮明な赤の筋を数えてみたりしているうちに、当たり前と謂えば当たり前だけれど、海堂に見つかった。
「おい、何してやがる」
不穏な海堂の口調に、見上げるだけの一瞥をくれてやるのは、今度はリョーマの番。
大きな大きなアーモンドアイを惜し気も無くくるくると回してから、恰も魚屋の軒先から鰯を一匹咥えて逃げる野良猫の様に、ぴゅっと部室のドアの外へと逃げた。
盗られたのは、一応の持ち物である筈なのだけど、海堂には焦った素振りは無く、ただ一介の興味から逃げたリョーマの後を開きっぱなしの扉越しに見遣った。
どうせ、教室で生ける用にと母親から持たされた庭花のひとつだったから、1本くらいどこへ行方を眩まそうとも大した問題ではなかった。
そんな海堂の視線を背中に受けつつ、リョーマが辿り着いたのはコートに誰よりも早く出て、御自らネットを倉庫から取り出している手塚の麓。
盗品を握った手を後ろ手に隠し、とんとん、と手塚の背中を小突けば安易に手塚は手を止めてくるりと振り返る。
こちらを向いた手塚の頭へと盛大に背伸びをして、リョーマは手にしていたものを突き差した。
「うーん、まあ、そこそこ?」
何を頭に生けられたのかと、触ろうとする手塚の手を握ることで押止めて、リョーマはそう言い乍ら首を捻った。
そこそこ?と手塚も呟き返しながら、かくりと小首を傾げた。
大輪の花がゆらりと手塚の髪を飾りながら揺れる。
「悪くはないよ」
「だから、何が」
「それ」
頭を指で指してこられても、手塚には見ることは叶わない。
「遥か昔の乙女の代名詞だから、そう外しはしないと思ったけどね」
「だから………何が」
「だから、それが」
「見えないと言っている」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
動かないでね、取ったりしないでね、と手塚に念を押してから、リョーマは手塚の手を放し、また部室へと一走り。
こちらへととんぼ返りしてきたリョーマを目線で海堂が追っていれば、ドアを抜けてすぐのところでカーブして、また海堂のロッカー前へとやってきた。
そしてそのまま、先程通りに束の中から1本抜き取って、それを詫びることもせずに再び手塚の方へと駆け戻る。
「これだよ」
スッと伸びた剛い茎の先に、水平に咲き並ぶ4輪の赫い花。リョーマが手にしているのは1本だけだけれど、十分な迫力がある。
まだ茎が長いまま、手塚へと突きつけ、正解を教えてやった直後に、リョーマはぼきりと余分な長さの茎を手折った。
そして、今度は自分の髪へと器用に挿してみて、
「乙女二丁、完成」
手塚と自分とを交互に指し示して、に、と笑ってみせた。
四方に向かっておしゃべりする様な花を生けられたまま、手塚は、「誰が乙女だ」と見当違いな小言を吐いた。
乙女の代名詞よりも、貴婦人の名で通っていることをリョーマは偶然にも知らなかった。
belladonna nightstar
調べてみれば、別名が山ほどありました、アマリリス。
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