SEDUCE
















もうあと数メートルで目的地。
そんな場所でふと手塚は足を止めた。これは人工的な色なのだろうかと、見知らぬ他人の家の庭先で育てられているらしい真っ青な花に目線を合わせるが如く、屈み込む。
花は、ぴしりと垂直に咲き誇っていた。






空よりも明度が高く、海よりも彩度が深い。
こんな青が土から生えてくるのだと思うと不思議な気もしたけれど、偏にそれは『花』と呼ばれる植物には暖色系の色ばかりだからと気が付く。
どうして、赤や黄色、橙に桃色の花が地球上には多いのだろうか。

蹲った形のまま、逆転の発想から浮かんだ謎に、はてなと首を傾げていれば目的地の方向から足音が聞こえてくる。
視界の中に手塚を見つけた足音の主は、単なる急ぎ足だったそれを苛立ったものに転調した。
彼だと気付かぬままの手塚はまだぼんやりと他人の庭先を蹲って注視していて。その脇に到着した少年は、なんとも怖い顔で足を止めた。

「越前リョーマ以外のものに気を取られるなんて、いい根性だね。手塚国光」

降ってきた声に、ようやく手塚は花から視線を動かした。
ああ越前か、と振仰いで出した台詞はリョーマの顳かみをぴくりと反応させた。

「ああ、じゃないよ。ああ、じゃ。こんなところでナンパされてる場合じゃないでしょ。部長ってば、何のために家を出て来たの」

何の為、と問われるまでもなく、手塚自身だってリョーマの家に行く途中だということは忘れてはいない。
今はほんの少しの寄り道だ。リョーマだって、手塚の家に行く途中に寄り道をしながら来ていたりするのだから責められる筋合いは無い。
自宅デートにだって、時刻通りに来た試しが無い。いつもと身長差が逆になっている目の前の恋人様は。

屈伸運動をする要領で、手塚は立ち上がった。
見下ろしていたリョーマの視線も、伴って、いつも通りに見上げる格好になった。

「しかし、お前も心配性だな。わざわざ探しに出てきたのか?」

同じことをされた時、手塚はリョーマが到着するまでのんびりと時間を過ごしていたのに。
当たり前でしょう、とリョーマは尚も不機嫌そうな様子。

「変な男か女に引っかかってんじゃないかって心配して何か悪い?」
「心配してくれるのは有り難いがな……」

その結果で静かに怒られては堪ったものではない。
まあ、男でも女でも無いが、道の途中で引っかかって足を止めるというリョーマの予想は的中していると云ってもいいだろう。ぎりぎり及第点だ。

花に遣っていた目を忌ま忌ましそうにリョーマは細めた。

「予想通りに変なもんに引っかかってるし…」
「花としては珍しいと思ってな、つい」

目に痛いくらいのこの青色が。

不意に、ピンとリョーマはある事を思い出す。

「そういえば、青色好きなんだっけ?部長って」

面と向かって青色が好きだと告げた覚えは無いけれど、何かの拍子に教えたのかもしれない。
若しくは、あのノート男から聞いたか、手塚の母親から雑談の合間に聞いたか。
情報源をリョーマは口にはしなかったけれど、兎に角、ガセネタでは無いから、手塚もひとつ頷いた。
くるんと巡らせて手塚が頷いたのを見留めた大きな黒目は、不機嫌さを一瞬のうちに払拭していた。に、と口元が薄笑いの形に変わったその次に、リョーマはちょっと待ってて、と告げて二人揃って佇んでいた家の玄関口へと足を進めた。

何をする気なのだろうか、と手塚が僅かばかり不思議に思いつつその背中を眺めていればリョーマは扉の脇に設けられていたチャイムのボタンを押した。呼び出し音で出て来た家人の女性と二言三言、言葉を交わしたかと思うといつものあの顔ですぐに戻ってきた。

「貰っていいって。コレ」
「コレ…って、花を、か?」

野花では無い、きちんと庭というテリトリー内に生やされているその花を。
訝しみ乍ら尋ねた手塚に、肯定の旨をリョーマは端的に告げたかと思えば、あっさりとメチレンブルーの花を手折った。そして、清々しいくらいの笑顔で手塚へと差し出してくる。
僅かばかり躊躇った後、手塚もそれを受け取った。覆水盆に返らず。手折った花はどうせもう元には戻りはしないのだから、貰っておく他は無いと思って。

ありがとう、と一応の礼を述べれば、満足そうにリョーマは表情を緩めた。

その色が好きだからと、わざわざ家人に掛け合ってまでプレゼントされるというこの状況が何だか擽ったい。
釣られて綻ばせてしまいそうになるのを隠す様に、この家の人とどういう交渉をしたのかを尋ねてみれば、

「口説くのは得意分野なんだよ」

恐らく、交渉の成功の秘訣以外の要素も込めて、リョーマはそう返すのだった。






















SEDUCE
多分、手塚が好きだと言えば世界中から何でも取ってくるであろう越前。
越前流交渉方法は企業秘密です。笑。
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