僕の恋人は美人だ。
A lover named colorful
ふらりとやって来た手塚は、山土産だと告げて、黄色い花束を渡してきた。
また折角の休日に一人で登山を楽しんで来たのかと、リョーマはそれを受け取る。個人間のプライベートも大事だろうと言っては、手塚は連れて行ってはくれないものだから。
手塚のプライベートが山なら、リョーマのプライベートは極上の焼き魚を出してくれる定食屋だ。手塚と謂えど教えていない穴場。店土産に、定食屋の軒先で売っている焼き鳥は幾度か買って持っていってやったことがあるけれど。
花束、とは言えど、華美にラッピングはされずにニュースペーパーで軽く巻いてある程度。
鼻先に近付けてみても、佳芳も特に無く。なるほど山土産ね、とリョーマは手塚を家にあげた。
いい色だね。
花瓶に生け乍ら、リョーマがそう褒めれば、そうだろう、と手塚も満足気に答える。
透明で円筒の形をしたシンプル以外に形容しようが無いガラスの花瓶。引っ越し祝いに知り合いがくれたものだ。男の一人暮らしは華やかさがどうしても欠けるだろうから、これに何か生ければいいよ、と。
彼の人の予想通り、ツアーの忙しさも相俟ってリョーマの部屋はどうしても華やかさとは縁遠いものとなっていた。
この花瓶を使うのも随分と久方ぶり。たしか、前回は5月5日の子供の日に母親から菖蒲を貰って折角だから生けようと戸棚の奥から引っ張り出した。
何と言う名前の花かと生け終わってから振り返り様に手塚に尋ねれば、
「女郎花」
勝手に淹れたらしいグラスを片手にそう返ってくる。オミナエシ、と漢字が出てこないリョーマは片言に反復した。
相変わらず漢字には弱いのか、と手塚は苦笑を漏らしつつも、字面を教えてやる。
「群生していたから、少しはいいかと思ってな。この部屋はいつ来ても色気が無い」
「生憎と、売れっ子だからね。部屋に手をかけてる時間がないの」
手塚の向かいに座りながら、ピッチャーからグラスに己の分を注ぎつつリョーマは言い訳染みた発言を漏らした。
「この間も何かの雑誌に出てただろう。お前、写真写り悪いぞ。もう出るな」
「うわ、すごい失礼」
「折角の男前を腕の悪いカメラマンには任せておけないと言っているんだ」
冗談なのか、本気なのか、手塚が表情を緩めることも無くそう言うものだから、リョーマは一瞬、判じ兼ねるが、まあ一種の独占欲の現れなのかもしれないとこっそりと結論づけて愉悦に浸った。
「花なんて、そうそう買わないから、なんか新鮮かも。自分の部屋にこういう色があるの」
グラスから一度口を離して、リョーマは花瓶を据えた窓辺に視線を移した。
花屋の軒先を彩る様な華々しい色では無いけれど、野花らしい素朴で柔らかな黄色は簡素なばかりのこの部屋によく合った。
そこに参上したのはつい先程だと言うのに、元からそこにいましたとばかりにぴたりと嵌まっている。
「少しくらいは飾ってもいいんじゃないか?不二にでも言えば花サボテンのひとつやふたつ、根分けしてくれるぞ」
俺もついこの間貰った、とまた勝手に他人の話を始める。
妙なところで気配りの足りない人だということは、もう昔から知っているし、他人と謂えども懐かしい先輩の近況も聞くことができるから、暫くリョーマは手塚の話に耳を傾けた。
たっぷりと不二の近況を伝え聞いてから、話を元に戻す。
「飾りっけなんてさ、別に必要ないかと思って」
家に居る時間も少ないからな、とほぼ同じ境遇の手塚が同意すれば、そうじゃないよとリョーマは苦笑した。
それから頬杖を突いて、ゆっくりと向かいの手塚を指し示し、
「アンタが来る度に、部屋は勝手に華やかになるから」
楽しそうに目を細めてそう言った。返す手塚は、ほぅ?、と同じく愉しそうに漏らして言葉の先を促した。
「丁度、今は寝室が質素な感じなんだよね」
深読みせずとも、何を要求してきているのか明白。
解りきっているけれど、敢えて手塚が相手の真意を考えるかの如く、横目に視線を逃がせばリョーマはカタリと席を立って、据えたばかりの花瓶の方へと向かい、悪計そのものの鄙俗しい笑みを浮かべて、花瓶を持ち上げた。
「アンタが飾ってくれないなら、この花を代替品にするまでだけど?可憐な色に小さくてかわいい花だしね」
可愛らしい脅迫。
ふっ、と破顔して、手塚は小さく両手を挙げて、降参の意を態度で示した。
「わかったわかった。怖い真似は止してくれ」
「最初から正直にそう言えばいいんだよ」
花瓶を元の場所に戻して、密やかに笑ったまま、リョーマはその花が持ち合わせていない甘さで手塚に口吻けた。
A lover named colorful
華やぎと云う名の恋人。手塚がいれば芳香剤もいらないよ。わたしの部屋のたばこ臭さもきっと掻き消すよ。だからうちに嫁においで。越前付きで。(ゴージャス
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