君の全てが欲しいだけ
橙に色好く染まった鬼灯をぽいと口に放り込んで、リョーマが見ている前で手塚は奇妙な音を立てた。
ぶぎぎ、と云った鈍い音。
「部長、なんで鳴るの…」
同じく鬼灯を手に持たされたままのリョーマは、いつもの淡然とした顔で鈍い音を鳴らし続けている手塚を唖然と見上げた。
何故とは言われてもな、と苦笑を漏らしつつ、手塚は口の中のものを取り出した。
「祖父に昔教わったんだ。まず中の種を取り出――…」
「部長、それ、それちょうだい」
鳴らし方を伝授してやるべく、行程を伝え出した手塚の言葉を、きらきらと目を輝かせたリョーマが遮る。
溌溂と指を差し示す先は、手塚の掌上。口の中で押しつぶしたせいで、些かくしゃりと皺になった朱い鬼灯。
無理に奪取しようとするリョーマの手を交い潜って、手塚は手の平に視線を落としたところでリョーマの狙いにあっさりと気付いた。
尚も飛び上がっては鬼灯を狙うリョーマを頭の上から押さえつける。
「そういう変態くさい真似は止めなさい」
「唾なんてしょっちゅう飲んでるし、いいじゃん。それくらい」
ねえ、ちょうだいチョウダイ。
頭を押さえつけてくる手を剥がそうと、ぐいぐいとリョーマは手塚の腕を引っ張り上げるがそれを越える力で、手塚はリョーマを制する。
彼の希望通りにくれてやったが最後、この少年は多分、自分の口に放り込むのだ。下手をしたら飲み込んで楽しげに笑う危険性さえある。
そういう男だと、手塚は知っているのだ。
「良くない」
「だって、捨てるんでしょ?それ。そんなもったいないこと許さないよ」
「許してもらわなくて結構だ」
「ああいえばこう言う……」
自分の頭の上から続く手塚の腕を掴んだまま、リョーマは小さく舌打ち。恰も、手塚の方が悪いことをしているかの様な顔をして。
駄々をこね始めたのはそちらの癖に。
気疲れした嘆息を零す手塚の眼下で、キッとリョーマは眦を吊上げた。まだ戦闘意欲があるらしい。
「爪一片、唾液一滴、体毛一本、すべてオレのもんなんだから!」
「俺のものだ」
「ああ、もう、うるさい。アンタのものはオレのもんなんだよ」
いいから寄越せ、と尚も恐喝は向けられる。
「では、お前のものは俺のものか」
「違うね。オレのものはオレとアンタのものだよ」
「……俺の方が不利じゃないか」
「年長者は年下に譲ってやるもんでしょ。年下は年上に甘えるもんなんだよ」
彼の世界の鉄則なのだろう。手塚は異を唱えた。曰く、甘えるのではなく敬うものだと。
そんな理論知らないね、とリョーマには嘯かれるけれど。
「…では、甘え方を変えてくれ。駄々と甘えでは齟齬がある」
まず言葉の命令形を止めろ。
少しだけ考える様にリョーマは押し黙ってから、掴んでいた手塚の腕から手を離した。そして、至って真面目な顔付きで、
「部長の唾液がたっぷりと染み込んだ鬼灯を僕に下さい」
「……更に色々気持ち悪いな、その言い回しは」
「ほっとけ。で、くれるの?くれないの?」
「やるか」
「うわ、サギだ」
「誰もやるとは言っていない」
言葉のあやの仕組みを盾に、手塚が変わらぬ無表情のままでそう告げれば、見上げたままのリョーマは顔を歪ませた。
「うわあ、こすい…最初からくれる気ないんじゃん」
「だから最初から断っているだろう」
「………もう、いいよ」
ぶすっと頬を膨らませた顔をされつつも、漸く手を引いてくれた事に、僅かに手塚は安堵を覚える。頭に乗せたままだった、リョーマの動きを抑止する我が手もこれでやっと外せるというものだ。
ゆるりと手塚が手をリョーマの頭から浮かせるのとほぼ同時、膨らませていた頬の空気を抜いて、リョーマはにんまりと笑った。
「次のキスの時にこっちに入ってきたアンタのツバ、全部瓶詰めしてやるから」
「おま……」
歪んだ愛情の注ぎ方に落胆よりも怖気の方が走って、手塚はこれで手を打たないか、と先ほどまで強請り倒されていた鬼灯をリョーマに差し出すのだった。
君の全てが欲しいだけ
瓶詰めしたのを越前さんは夜な夜な舐めるつもりです。(え
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