出逢ってしまった二人
そんな話を、リョーマはあかい紫陽花の隣で手塚に語り出した。
あかい紫陽花は、咲く土壌がアルカリ性である証拠。
「出会えたのが”今”で良かったのかな」
語り出しはそれだった。特に相槌も無く、一瞥をリョーマに落とすだけで手塚は反応を示した。
手塚の応答はリョーマの予測の範疇。寧ろ、予想とぴたりと一致。
「昨日もアンタのこと考えて、今日もアンタのこと考えて、前より他のことが考えられなくなってる」
きっと明日もアンタのことしか考えてないオレがいるんだよ。
尖った声でリョーマはそう言った。
「オレの未来も可能性も、全部アンタに持っていかれちゃうんだよ。こんな調子で、オレ幸せになれると思う?」
弱冠12歳の癖に、大それた命題を掲げて振仰ぎながらリョーマは手塚に尋ねる。
尋ねられた側の手塚はと言えば、リョーマが問いを投げかけてから僅かな間も置かず、
「俺とお前なら、ならざるを得ないだろう」
自分の発言へ補足も検証も付け足さずに、そう一刀両断に切り捨てた。いや、この場合は拾い上げたのかもしれない。『捨てた』のではなくて。
どこか否定的に投げかけた問いに対して肯定的な御意見。頂戴した返答に、それでもリョーマは満足そうに口の端を吊上げた。
にんまりとした笑顔が出来上がる。
「うん。オレも今日考えてその結論しか出て来なかった」
試すつもりで尋ねてきたのか、と、手塚が嘆息を落としていれば、続けてリョーマは問題提起を起こした。
「”今”、出会っておいて良かったよね」
今度は、何故、と手塚が訊いた。試された直後だったから、少し警戒していたのかもしれない。
迂闊に下手な返事をすれば、気まぐれな子供の機嫌を損ねかねないことだし。まあ、臍を曲げたら曲げたで、手塚は放っておくのだけれど。この子供は自然治癒力が人並み外れて高い。
機嫌の治療に、手塚が巻き添えを食うのは最早、自然の摂理。
「他の人間の手垢がついたアンタなんて欲しくない」
「…全否定なのか」
「全否定だよ。逆のパターンで考えてみてよ」
「逆のパターン……」
つまり?と問えば、要領を得てくれない相手に彼は少し焦れた様子。
「他の人間の手垢がついたオレが欲しい?アンタは」
「欲しいな」
お前なら何でも。
涼しげな表情はそのままで、あっさりと即答した手塚とは裏腹にリョーマはがくりと肩を落とした。
「話になんないじゃん、それじゃ」
「自分がそうだから、人もそうだと思い込むのはお門違いだ。何の為に個性と各人の性格があると思っている」
人は人、己は己。偉そうな顔をしてリョーマにそう説教を垂れた。それをリョーマはうんざりとした面持ちで聞く。
「でも、好きな人を自分色に染めあげたいって男なら考えるデショ?」
「お前はそうかもしれないが、それも人様々だろう」
「あたまかてーな。おい」
対人などの社会生活に於いて協調性は必要じゃないんですかね?
厭味たっぷりに頭上の年長者へと。しかし、年下では持ち得ない余裕で、さらりと躱されてしまった。
本人の希望通り、他を知らない手塚がリョーマの色で染まりつつある今日のこの佳き日。
数時間だけという暫間な梅雨の晴れ間の下で、そんな話をリョーマが手塚にしたのは酸性を持つ土に依って咲わされた、あおい紫陽花の脇を過ぎた頃。
出逢ってしまった二人
グレイでそういえばこんなタイトルの曲がありましたね。どんなだったかな…
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