Couldn't I choose except you?
















部長、と、国光、と呼ばれた名前は違えども、二人が白百合を手にして振り返った次のセリフは全く同じものだった。

「これなんか似合うんじゃない?」

呼びかける名前以外に違うものは、二人が各々、嬉々として手に持っている白百合の大きさ。
リョーマが手にしている白百合は茎に向かう程細く、花弁の先に行くほど開いた、鉄砲百合。
彩菜が手にしている白百合は真っ直ぐに正面を向いた大輪、カサブランカ。
区分としてはどちらもユリ科の花ではあるし、色も同じ白。けれど趣はまるで対局。

笑顔の二人を前に、手塚は銘々にどう答えるべきかを迷った。
そんな手塚がいるのはショッピングモールの中の一角、花屋の軒先。リョーマと彩菜がいるのも又、花屋の中。



異口同音の言葉に、リョーマが彩菜の方をちらり。そして彩菜もリョーマの方をちらりと一瞥。
お互いを横目で見た視線の間に、佇むしかできない手塚は火花がパチッと弾ける幻を見た。

普段のリョーマと彩菜は、手塚を抜きにしても友人以上に親しい二人だった。

「彩菜さん、そういう洋花は純和風な部長にはちょっとどうかな」

どこか挑発的な目でそう言ったリョーマに彩菜は深い笑みを向けた。

「あら、国光を飾り立てるにはやっぱりこれくらいの盛大さのある花じゃなくっちゃ。越前君が持ってるような小さいサイズじゃ、国光のアクセサリーとしては地味じゃないかしら」

口調は穏やかだけれど、それを発する彩菜の雰囲気は酷く好戦的。
まずい、とリョーマも彩菜の二人をよく知る手塚は直感的に悟った。何がどうまずいのか、具体的に説明しろと云われても少々困難だ。

二人を諌めようと手塚が怖ず怖ずと声をかけようかとした時だった。
目の前に隣並んだ二人は揃って視線を手塚へと向けた。

「部長はどっちがいいと思う?」
「…は?」
「は?じゃないわ、国光。話は聞いてたでしょ?どっちのお花がいいと思う?」

私のお花と越前君のお花。
彩菜はそう付け加えたけれど、『のお花』の部分が何故か省略された様に聞こえた。彩菜の本意としてはそうだったせいかもしれない。

実母と恋人と、どちらの肩を持つのか。
手塚はそう詰られていた。咄嗟に視線を逃がした。
どういう究極の選択なのかと、頭が痛くなったことも、視線を逃がしたひとつの原因。

けれど、曖昧に濁すことを二人は許してはくれず。

「部長、逃げないでちゃんと答えて。オレか、」
「お母さんか。どっちなの?」

ねえねえねえねえねえねえねえねえねえ。
乳幼児の駄々は丁度こんな感じだろう。向かいの雑貨屋で丁度幼子が母親に物を強請っているが同じ台詞を吐いていた。

ねえねえ、これ、これ買ってー。ねえねえ。お母さんってばー。ねえー?

「部長」
「国光」

二人が呼ぶ自分の名前に、うんざりとした気持ちを手塚は覚えた。
リョーマと買い物に来る時も、彩菜と買い物に行く時も、滅多にこんな妙な気持ちにはならないというのに、今日はどうしたことか。厄日だろうかと、手塚は日付けをぼんやりと思い出していた。

今日は八日。字面では末広がりで佳日そうだというのに、自分のこの境遇はどうだろう。
胸中で隠れて嘆息を吐いてから、手塚はリョーマと彩菜に向き直った。
二人揃って強面でこちらを見上げていた。ああ嫌だなあ、と手塚はひっそりと愚痴った。

「母さん、答える前に伺いたいんですが、何を基準に選べば宜しいんですか?」
「まあ、国光……」

鈍いにも限度があるわよ、と彩菜は目を丸くした。続けて、部長、ちゃんと話聞いてなかったの?とリョーマが呆れた様子で言った。
手塚はただ無言で二人からの言葉の応酬をやり過ごした。リョーマだけならば口答えのひとつもしてやるが、母親が一緒だ。母に口答えなどする訳にはいかない。そして、母だけならば詫びるけれど、リョーマが一緒だ。詫びればリョーマにも詫びている様で、それは癪だった。

仕方無いわねえ、と今度は彩菜が溜息を吐いた。

「わたしのお花か、越前君のお花か、どっちがあなたに似合うか、よ」
「あの…尋ねられていることからして意味が―――」

確か、花屋へ立ち寄ったのは玄関に飾る花がそろそろ萎れてきたから、という理由だった筈なのだが、手塚が彩菜とリョーマから目を離している隙にいつの間にやらその話題へと転換していたらしい。
とりあえず、この二人から見た自分は白百合のイメージなのだろうかと、それだけは手塚は悟った。

母とリョーマ。天秤にかけては見ても、どちらがかくんと下りてくれることは無い。
これが、片方が他の部員仲間だったとしたら話は容易なのだけれど。
二者択一が不可能だということを知って、手塚は頭の中で消去法を発生させた。選ばなかった方のアフターケアが簡単な方はどちらか、ということだ。
その考え方は、実にあっさりと答えを導き出した。

リョーマの方が単純だ。頑張って愛の言葉でも囁いてやれば容易く今日のことなど許してくれるだろう。

母が持つカサブランカへと手を伸ばした手塚もまた、リョーマと同等に考え方が単純だった。
そんな手塚の手が満足そうに笑みを浮かべる母の花を掴む前に、

「部長」

涙声でそう呼ばれた。自然と腕の動きは止まり、視線が彩菜の隣に居るリョーマを見た。

「部長は、オレのことが好きじゃないの…?」

今にもはち切れそうな水の塊を大きな目いっぱいに膨らませてリョーマがそう尋ねる。
手塚の左胸が奇妙な音で高鳴った。教会の鐘の音にも似ていた。

「オレより、彩菜さんが大切なんだね…」
「えちぜ……っ! これは…っ」

これは違うんだ、と何故か必死に弁明しようとした手塚の言葉の先を、初めて聞く母の強い声が塞いだ。

「国光、駄目よ。自分を見失っちゃ」
「母さん…」

厳しいその口調に呆然と母の方を再び振り返る手塚。
その斜め前の少年は何かを諦めたかの如く、力無く冠りを振った。

「部長、いいよ。彩菜さんの方を選んで。オレは、それでも、大丈…夫、…だから」

恐らく、手にしていた花を元の場所に返そうとしたのだろう。弱々しく踵を返しかけたリョーマの腕が目許を擦る仕草をした。
それを見留めた時、リョーマの背中が今にも崩れそうな程に小さく見えた時、手塚の腕は掴みかけていた母の白百合から方向を変えて、リョーマの両肩を掴んでいた。

「越前…っ!」
「ぶ…ちょう?」
「国光、駄目っ」

越前リョーマを引き止める手塚の大きな声。手塚国光を振り返る戸惑いを帯びたリョーマの潤み声。そして手塚彩菜の絹を引き裂くような叫び。
母の声は後ろ髪を引かれたけれど、もう手塚は振り返らなかった。ゆっくりと瞼を下ろして、鼻孔をリョーマの髪の香りでいっぱいに埋めた。

「部長……、…部長。オレ、信じて………アンタを信じても、いい、の?」
「ああ、越前。もう揺るがない」
「部長……っ!」

後ろで彩菜が泣き崩れる声が聞こえた。それでも手塚は振り返ることを踏み止まり、リョーマの肩を握る手に力を加えた。
掌に収まる小さな肩が少し震えているのが判る。鼻先を埋めていた頭が俯きによって少し下がり、そしてその下から歓喜の嗚咽にも似た、しゃくり上げる声が聞こえる。
まだまだ小さな彼は不安でいっぱいだっただろう。そして怖かっただろう。今、少しでもその恐怖を取り除けたら、と、手塚は触れさせていた掌で肩を優しく撫でてやった。




と、そんな時だった。

「あのー………お客様、恐れ入りますが、お花が決まりましたらこちらで取らせて頂きますのでー、」

お花はバケツに戻して頂けますかぁ?
そう控えめに声をかけてきた店員の顔で、手塚は現況を思い出した。ただ母親と連れ立って買い物に行く寸前にリョーマがタイミング良くやって来て、それで三人で買い物に行く事にした、という今の状況を。
申し訳ございませぇん、と店員が二度目の詫びを入れた時には手塚の顔は羞恥で赤く染まり、嘘泣きのリョーマと彩菜はけろりとした顔で、店員からの忠言を素直に受け入れてすたすたと談笑しながら、百合達が入っていたバケツへと向かった。

「お花がお決まりになりましたら、お申し付けくださいませぇ」

馬鹿丁寧にぺこりと腰を折って一礼する店員の前で、一人取り残された手塚はリョーマの肩を抱いた格好のまま、ただ立ち尽くした。
硬直したままの手塚の向こうからは、本題だった玄関の花を選ぶ楽しそうな彼氏と母親の喋り声が無情にも聞こえた。



















Couldn't I choose except you?
あれ、これリョ塚だよね…?と疑ったのはアナタだけじゃないです。わたしもです。
でもリョ塚です。
彩菜さんが絡んでくるとすごい楽しい…!

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