これは夢だ、と判っていた。そしてそこに姿を現した祖母の姿も幻だと、判っていた。
判っていたからこそ、手塚はのんびりとお久しぶりですねと声をかけた。それまで後ろ姿だった祖母が、振り返った。そして生前と変わらぬ優しげな顔でにこりと微笑んだ。

お元気そうですね、となんとも間の抜けた死人への呼びかけ。久々の対面に、我知らず、手塚の頬は緩んでいた。

「ダメだよ」

向こうで祖母が返事を寄越してくる間際に頭の上からそう声が降ってきて、手塚はすぐに瞼を持ち上げた。所詮は浅い眠りだった。
祖母の姿は、明るくなってしまった世界にあっさりと立ち消えた。

「ぁ……」

思わず漏れた声に、リョーマが手塚の顔を覗き込みながら不機嫌そうな顔をしていた。
それを、ずれた眼鏡のレンズを間に置きながらぼんやりと手塚は見る。

「ダメだよ。オレ以外に笑ってみせるなんて」

不機嫌なままの顔をしたリョーマの腕が伸びて、机に突っ伏して不意の眠りに落ちていた手塚の眼鏡を元の位置に正した。それが済むとリョーマは折り曲げていたらしい背を起こした。
リョーマを追って、まだ半分微睡んでいる手塚の眸も上方へ動く。

視線を動かせば頭も少しばかり動く。それのせいで、手塚の頭の上から何かがポトリと哀れに墜落した。一度は仰いだ目線を手塚は落とした。
足下には紅色の彼岸花が二輪、伸されている。反射的にそれを拾おうと、倒していた身を起こせば、また足下にポトリポトリと何本もの彼岸花が落ちてきた。
そこで初めて、手塚は机上いっぱい、そして自分の肩や髪、背中に彼岸花が盛られていることに気が付いた。

悪戯の犯人をじとりと睨みあげれば、悪びれた顔などこれっぽっちも見せず、逆に余裕綽々とした顔でこちらを見下ろしてきていた。
手塚は、溜息混じりに視線を足下に戻し、椅子を引いて身を屈め、落ちた分の花を拾い上げた。全てを拾いきり、曲げていた腰を戻してから「どこから?」とリョーマに尋ねた。

「赤色がキレイでしょう?」

話が不齟齬なのも気に留めない様子で、リョーマは白い歯を見せて笑った。
どこから? 手塚は懲りずに尋ねた。

「街の外れの墓地」

机に腰掛けられ乍ら、得意げに今度はちゃんと答えが返ってきた。未だ残っていた机上の切り花が幾つかリョーマの尻の下に敷かれた。
強く反り返る赭い花弁の群生が見事で、つい手が伸びてしまったのだと、続けてリョーマは言い訳めいて告げる。悪戯っぽく肩を竦めてみせて。罰当たりな、と手塚が叱ると思ったのだ。

リョーマの言葉から該当する位置にある霊園はひとつしかない。
握ったままの彼岸花の束を見詰めながら、手塚はリョーマに叱責を食らわすどころか、頬を緩めて言った。

「そこは、うちの祖母が眠る墓だ」

だからひょいと夢になぞ出てきたのかと、手塚は苦笑した。今まで、一度として出てきてくれなかった、孫思いでは無い人だったのに。

微笑う手塚とは対極的なぽかんとした顔でリョーマは、グランマ、と呟く。
赭い花束の中から一本、手塚は摘み出して、それを見上げた先にあるリョーマの耳元に差してやった。
漆黒ではない不思議な色をした髪は血の色にも似た鮮烈な赤と艶やかなぐらいのコントラストを生み出す。

「祖母にも、紹介しておくべきか」

これが俺の大切な唯一の人ですよ、と。

ぱちぱちと目叩くリョーマの顔にふっと笑みを零してから、花を差してやった手を利用して手繰り寄せ、小さく唇を触れさせた。
祖母は、この少年を気に入ってくれるだろうか。



















彼岸花は亡くなった人の仮の姿だとか。田舎生まれ田舎育ちなので、秋になると田圃の畦道、河原の端に文字通り群生してる姿を見てきているので、彼岸花は好きな花のひとつです。
周囲に薄気味悪がられてる風評もまた好きだったりします。

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