Japanese ”YES"
















同じ言葉でも、発音や綴りなどで意味合いががらりと異なる。
雲と蜘蛛。橋と箸と端。日本語で例を挙げるのならばこんなところ。
流石に、ここまで意味が異なる日本語の場合は、幾ら訪日したてのリョーマだとて理解が及ぶ範疇。けれど、漢字のみが些細に違う言葉の群れにはふと首を傾げた。

それは、国語の宿題ついでにリョーマが辞書を開いている時だった。









「部長、国語得意な人知らないッスか」

シャツの背中を不意に引っぱられた後にそう声をかけられて、肩越しに手塚は振り返る。
ノートを片手に携えたリョーマがそこに居た。

「古典なら不二が得意だぞ」
「古典じゃないよ。現国の方」
「大石ならどの教科も得意だった筈だが…」
「大石先輩ッスね。ども」

にこり、と笑みを浮かべてから、手が離れて行く。そのまま、あっさりと踵を返そうとしたリョーマの背中を、今度は手塚が摘んで引き止めた。
なに?と言わんばかりのきょとんとした顔で、黒目がくるんと上向き、それが手塚を見上げてくる。

「………どうして俺に聞かない」
「だって、アンタの得意教科は世界史でしょ?国語と全然関係ないじゃん」

せめて、不二の様に古典なら兎も角も。
手塚のデータに関しては、完全にインプット済み。変わりに他の先達陣のデータはさっぱりだった。
リョーマが手塚へと尋ねないのも、ひとつの正論と言えるだろう。そして、蛇の道の蛇が誰なのかを尋ねたことも。

どこか憮然とした顔で見下ろしてくる手塚へと、実にあっさりとした顔でリョーマは返事をくれてやり、まだ何か用?とばかりに小首を傾げた。

じっと黙ってから、手塚は徐に口を開く。

「……国語の、何が知りたいんだ」
「いや、だから、別に大石先輩に聞くからいいよ?忙しいアンタの邪魔する程、子供じゃないから安心してよ」
「…いいから、言ってみろ」
「…………………。大石先輩って別にヤキモチ対象にはならないと思うんだけど?」
「いいから!」

猫が威嚇する様に全身の毛を逆立てて、手塚はリョーマへと詰め寄る。そんな彼の態度に、半歩、リョーマは後退った。
彼が部活以外で激昂する様は、中々に珍しい。

リョーマとしても、何も、大石でなければ嫌だと云う訳でもない。日本にかれこれ15年も居住している手塚に訊いたとしても、きちんとした答えが得られれば特にこれと云った問題は無い。

リョーマはくるりと振り返り、手塚に正面を向けると手にしていたノートを開いた。

「イイ、ってさ、どの漢字で書くの?」

良い、善い、好い、佳い。
一行目の罫線上に、そんな4つの日本語が不器用な線で書かれていた。

「いい?」

リョーマが尋ねてくる言葉の意味合いを判じ兼ねて、紙面から顔を上げた手塚は不可解そうに眉根を寄せる。
手塚が鸚鵡返しにした単語が間違っていない、という意味を込めて、こくんとリョーマはひとつ頷き、「イイ」とまた繰り返した。

「………どういう状況下での”いい”だ?」

それによって、漢字の適合が決まる。
手塚が再び問えば、リョーマが「うーん」と頬杖を突いて一つ唸った。
それから少しの間、首を左に傾けたり右に傾けたりした後、矢庭に手塚を指差してみせる。

「アンタがよがる時に言う、”イイ”」
「……………それを知って、どうなる…?」

ポルノでも一筆、書くつもりでもいるのだろうか。この、日本語がまだまだ不十分な弱冠中学一年生の少年が。
怪訝さを増した手塚の額をこつん、と、先程まで差し向けていた指でリョーマは小突き、少しだけ頬を膨らませる。

「ただの知的好奇心の追求だよ。だから、大石先輩に聞くって言ったのに」
「お前は俺より大石の方がいいのか」
「その場合の”イイ”は?」
「………ん?」

不意なリョーマからの問いかけに、手塚は反応しそびれた。いつだってリョーマのクエスチョンは手塚にとっては語彙が不足しているものだから、仕様がない。
ノートを中央で綴じている辺りを掴んで、リョーマは広げた罫線の群れを手塚の眼前に突き出した。彼の視界が横線と先程の文字と、ノートの余白で埋まる要領で。

「アンタより大石先輩の方がいい、って時はどの”イイ”の漢字なの?」
「ああ、」

そういうことかと、手塚にもリョーマの言いたい事が漸く理解できた。

「この場合は、好い、だな」
「言葉でイイ、って言われてもわかんないんですけど?」
「好ましい、の好い、だ」

リョーマの手の中からノートを取り上げて逆に突きつけ、”好い”と書かれた部分を指し示してみせた。ノートを見つめ乍ら、リョーマもふぅんと声を漏らす。

「じゃあ、オレがさっき聞いてた”イイ”は?」
「…………越前」
「なに?」
「知的好奇心の追求、と先程言っていたが…」

”イイ”をどう書くか、という根源の理由について。

「うん」と相槌を返して、リョーマは手塚が言及したい言葉の先を促す。手塚は再び、どう理解したらいいのか、と困惑した顰めっ面になってから続けた。

「どういう意味だ?」
「アンタが”イイ”って言ってる時、文字にすればどういうので言ってるのか気になっただけだよ」

口から発する言葉は、どうやっても確固とした文字という形状では見ることができないから。
本当にただそれだけだよ、とリョーマは言い加えた。

「アンタの気持ちを知りたがってるオレが居るだけ」
「…殊勝なことで」

そう嘯きつつも、内心では少し嬉しい。想われているというのは心地が良い。

「恋人想いなんだよ。いい子だよね、オレって。  あ、いい子の”いい”はどの”イイ”?」
「それも、先刻と同じ”好い”だな。大人にとって、好ましい子供、ということだ」
「ふぅん」

で?と伸ばし延ばしになっている疑問への回答を、リョーマは視線を向けることで催促してみせた。
リョーマからのその視線を受け止めて、手塚も気付く。

「あの時の場合は…………――――」

肌の粟立ちが収まらないあの感覚を、僅かだけ、手塚は脳裏に馳せた。
あまり、真面目に思い返すと体が熱を持ちそうで、少々宜しくない。まだ昼だし、ここは容易に雪崩れ込める場所でも無かったことだし。

“良い”でも”善い”でも”好い”でも”佳い”でもない。どうも、どれもピンと来ない。
眼下では手塚の返答を大人しく待っているリョーマが居るせいで、やや気忙しく手塚は回想を深めた。
高められていく感情と、昂る鼓動の音と。それら全てに適い、且つ、手塚があの時に感じている思いとを完全に表現できる言葉となると――――。

「…………通俗的だが、」

手塚の中で嵌まった漢語は、新たに書き出す必要がある。
学生服のポケットを探れば、入れっ放しだったらしいボールペンが都合良く出てくるものだから、手塚はリョーマから奪ったままだったノートにペン先をさらさらと滑らせた。

その様を、リョーマは心持ち、期待を抱いた眼差しで眺め、手塚の手が全てを書き終わり、止まったその瞬間に、ひったくる様な強引さで取り返した。

わくわくとした目で紙面を見下ろしてみれば、

「……?」

国語辞典では見たこともない書き方でそこには綴られていて、リョーマは、はてなとくびを傾げた。
そして、少しばかり顔を紅潮させている手塚をもう一度見上げて、

「日本語って難しいね」

緩りと唇をヘの字にしてそう告げた。

”悦い”に”快い”。ご丁寧に、どちらもの上には仮名まで振って。
五月蝿い、とリョーマの頭を上から押さえつけて手塚はノートを奪い返し、自分がつい先程、書き認めたページだけをびりりと破いた。



悦楽に快楽。どちらも後に『楽しい』と付けられるその気持ちでベッドの上に居るなんて、リョーマが知るのはもう少し、日本語に造詣が深くなってからのお話。


















Japanese ”YES"
洋物のAV俳優達は「YES」て言いますよね。越前もうっかり言っちゃうクチだと思います。
そういうの、また書きたいっすねー。イエッ(YES!)って言いつつセックスるえち。
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