彼の変遷
















嫌だ嫌だと見送る玄関先でごねられて、何とか、手の甲にだけキスを許され、そこへと静かに唇を落として、リョーマは手塚にバイバイ、と手を振った。
キスついでにちょっとぐらい噛んでやろうかという悪巧みもあったけれど、迂闊にそんな暴挙に出れば、次回からはあれ程度のスキンシップも許してくれなくなるかもしれない。

先は長いなあ、と少々頭をかかえ乍ら家の中へと戻れば、リビングの扉から丁度出て来たらしい父親とばったり遭遇する。
相手の手には煙草一箱とライターと灰皿の喫煙セット一式。そして新聞の影に隠して持つR18な大胆ポーズの女が表紙の雑誌。これから縁側でお楽しみの時間らしい。

「よぉ。遊びに来てた子は帰ったのか?」

父親の持ち物に眉を顰めていれば、両手いっぱいの荷物を持った手を器用に上げてみせた。見送りの為だけに履いた靴を踵を擦り合わせて脱ぎつつ、リョーマは「まぁね」と愛想の無い声で返事。
そのまま、脇を擦り抜けて2階にある自分の部屋へ向かおうとしたリョーマを揶揄する笑みと口調で南次郎は捕まえた。

「しっかし、お前も趣味変わったなー」
「え?」

見上げた先の父親の顔は、さも、お見通しですよと言わんばかりのしたり顔。
その顎先が、くい、と玄関の扉を指した。

「さっきの奴、あれだろ、惚れちまったっていう例の奴だろ?」
「…なんでわかんの」
「菜々子ちゃんに聞いたんだよ」
「…なんで菜々子さん知ってんの」
「あー?そこまでは知らねえよ。女の第六感ってやつじゃねえのか?詳しいことは自分で聞け」

女って怖いな。
にこにこと柔和な笑みをよく浮かべる従姉の顔をぼんやりと思い出し乍ら、リョーマはそんな事を思う。たしか、その彼女は今日は大学の友達と遊びに出かけて不在であったから、帰ってきた折にでもさり気なく聞いてみようか。

思春期の直中のイチ少年として、複雑な胸中を抱えつつ、そう思索を巡らす隣でにやにやとタチの宜しくない笑みを浮かべ続けている父親がふと視界に入る。

「なに?」
「ああいう堅物っぽい奴はな、本性が恐ろしいぞ。手が付けられんぐらいに淫乱だ」

一際、にい、と笑われて、リョーマはきょとんと目を丸めた。
別れ際にキスを強請っても、顔を真っ赤にして拒否してくる様なあの男が、そんな裏の顔を持っているなんて想像がつかない。唇は勿論ダメ、額も鼻先も頬も駄目で、漸く手の甲で顔を盛大に顰め乍らも渋々承諾してくれるようなあの手塚国光御大が、淫らに乱れてくれる様なんて微塵も想像できない。
有り得ないよ、と渋面で口を開いたリョーマに、南次郎は、まだまだだねえ、と人を小馬鹿にした顔で言った。

「全然わかってねえなあ。お前、ホントにオレの子供か?」
「嘘だったらいいんだけどね」

こんな下世話な父親の種が元で、この世に生まれ落ちただなんて、リョーマ自身が一番信じたくない。
テニスの腕を磨くには良好な環境は全てこの父親だという事は感謝してやらないでもないが、どうにも父親の人間性は好きになれそうにもない。
母親もどうしてこれを選んでしまったのかと、要らぬ懊悩すら、時としてある。

「堅物そう、って事はな、本能を抑え込んで生活してるパターンが殆どなんだよ。あいつも大方、そうだろうな。一度、箍が外れたらお前じゃきっと手に負えなくなるな」
「ふぅん」
「賭けてもいいぞ?」
「じゃあ、ハンデ一切無しの真剣勝負賭けてよ」
「おー、いいぞいいぞ。サムライっぷり発揮してやんよ」

に、と口角を上げたリョーマに南次郎は飄々とした態度。
約束だからね、と念を押せばその態度のままで再度、了承の意を唱えた。これは楽しみだと、リョーマはやっと自室への階段を軽快に上る。

あの人に、性欲があるなんて、きっと信じているのは世界中であの父親だけだ。
きっとこのまま一生プラトニックな恋に違いない。リョーマはそう確信していた。もし、それが無くなる時は、自分が耐えきれなくて彼に無理強いをして、そしてそれで軽蔑されてきっと関係は御破算になる。
そうならない為に、厳重な自戒が必要。
和姦を結べる様な事は、宝くじに当たるよりも、飛行機事故に遭うよりもきっと物凄い低率だろう。

遊び無しの父親との真っ向勝負。想像するだに楽しみ過ぎた。絶対、その瞬間に打ち負かしてやる。











しかし。
先達の言う事というのは、往々にして的を得ることが多く。



いつの日からか、顔を紅潮させ乍らもキスを拒まなくなる手塚が現れ、
そうこうしているうちに、舌を差し込めば向こうから絡まってくるようになり、
濃厚なキスの後にもう1回と強請る手塚が出現した。この時には、目を潤ませてとろんと恍惚的な表情が出来る迄に変貌していた。

東大生が1+1の計算を間違うよりも有り得ないだろうと思っていた和姦も、そんなペースで夏が過ぎ去る前には達成していた。

そして、父親の予言通り、手塚はリョーマの手に負えないレベルの人間へと階段を上っていたのだった。



「も……無理、出ないってば」
「出る。いいからタたせろ」

イれる、とどこか輝いている様にも見受けられるその目は、出逢った頃には無かった色。
ベッドと手塚の上でリョーマは多量の汗を吹き出させ乍ら、困窮していた。

セックスの数に比例して、次第に増えていった射精の数。それら毎回、全てを体内に収め、もっとと強要してくる手塚に、リョーマの体力は完全に追い付いていなかった。
本来ならば、先に体力の限界を迎えるのは手塚側の筈なのだけれど。

現に、バックバージンを奪いたての頃は、手塚の方が先に意識を混濁させ、自分よりもずっと長い間眠りの世界を漂っていた。
それが、今はどうだ。
偶の休みだからと家に上がり込んで、家人が寝静まったからと人の股間に手を差し入れて直球に誘うようになってきた。
迫り来る興奮のせいからなのか、薄い唇を鮮やかな赫で染め、ねっとりと自分の舌でそれを舐め上げ乍ら迫られれば、リョーマから拒否権は剥奪される。
自ら、放棄するしかないのだ。何せ、身体は若さ故に非常に正直であったから。

兎に角、最初の頃の奥手の使い手だった手塚はもう宇宙の彼方で消滅していた。


「もう、今日はここまでにしよ…?」

困り果てた顔で、そう提案してくるリョーマに、明ら様に手塚は顔を顰めた。
だから、オレはもう限界だって言ってるんですけど。手塚先輩。もう終わりなのか?じゃなくてさ……

「お前がもう出せないと言うならば……」

倦み疲れた風な顔で動きを止めたままのリョーマの身体の下からごそごそと這い出て、手塚は身を起こす。
てっきり、その手塚の続く言葉は「今日はここまでにしよう」的な、和解の望めるものなのかとリョーマは安堵の溜息を漏らしかけるが、

「俺が出させてやる」

枕元で身を起こした手塚に、逆にのしかかられ、リョーマはシーツの中に沈む。
のしかかりついでに、手塚の脛でリョーマの膝は押さえ込まれ、そしてその膝を、リョーマがつい先程穿った後孔の奥から重力のままに流れ垂れてきた白濁の液が汚した。
最初の頃は、抜き去った後にそれが太腿の裏を落ちていく感覚が気持ち悪いと宣っていた御仁が今や、それでは物足りなくなっているらしい。
押さえ込まれながら見上げた先の顔は酷く物欲しそうな顔で唇を塞いできたのだから。
入念に誘い込んで、上手い具合に誑し込んだリョーマに歯列の裏を舐めさせたりするぐらいには。

攻めてきたのは、あちらの癖に、キスの間に吐息を零すのもあちら。自分は動かず、リョーマが角度を鋭角にして舌を絡めてくるのを待ち焦がれる。
何がしたいのか。そんな事は、明白。
『受け入れる』ことが、自分の役割だということを手塚は重々承知していた。否、重々承知どころか、非常に嬉し気に楽し気に務めを果たしていた。
そして、それに付き合わされるリョーマ、というスタイルが近頃の二人のスタイルに成り果てている。


キスを存分に楽しんだ後は、手塚が上位の時は決まって、すぐに下降しだす。勿論、手塚が、だ。
リョーマは体力を消耗した己の体に、ぜいぜいと荒い呼吸で酸素を送ってやるのみ。そうしているちに、嬉々とした表情の手塚は、リョーマの下肢に辿り着く。

「…なんだ、出そうじゃないか」

緩々と頭を擡げ出したリョーマのソレに、手塚は早速、舌を這わせ乍らウソツキ、と忍び笑いを漏らした。
零れ始めていた数滴の先走りの液が、その舌に絡めとられる。反射的に、リョーマは肩を震わせた。
手塚もきっとそうなのだろうが、こちらも射精の直後でまだ身体の反応が鋭敏なのだ。

「口でしている間は出すなよ」

まだ成長過程のリョーマのものは、安易に掌の大きな手塚に一掴みされる。それが僅か乍らも、リョーマのプライドを傷つけていることを、手塚は知ってか知らずか。

「……努力は、するよ」

そんなに、後ろの孔に流れ込む感覚の方が悦いのかと、ニュアンスを込めて尋ねれば、さらりとした顔で、

「ナカを遡っていく感じがイイ」

…本当に、手に、負えない。

天上を見上げたまま、朦朧とし始めた頭で、リョーマはそう思う。
自分の成長の速度を早めなくては、当分は手塚にリードを取られたままだ。今みたいに。


ぼうっと天上を眺める視界の外で、手塚が動き始めた音が聞こえる。
ぴちゃ、と。
卑猥な音。
くちり、と。
微笑を浮かべつつ舌を動かしている手塚が想像に容易い、ピッチの早い音。
ちゅぅ、と。
吸われたり、指の腹で扱かれたり。

「……………んっ」

堪えきれなかった声が、つい、リョーマの口先から零れ落ちる。
ふと、手塚の動きが止まった。

「矢張り、まだ出るんじゃないか」

リョーマの足の間から上げた手塚の唇の周囲には、べとべとと粘質な白い液が纏わりついていた。その唇が、愉悦気味に吊り上げられる。
確かに、数滴ずつ出ていた筈の液体は、間断なく零れ落ちる迄に達していた。
その事実が、何だか無償に悔しくて、リョーマは眉を顰めた。その対面で、手塚は喉をくつくつと鳴らせて笑いを零し、伏臥させていた躯を矢庭に起こした。

さあ食われるよ、とリョーマの頭の中で誰かが無邪気に歌い、カウントダウンのベルがけたたましく鳴った。
リョーマには、もう下肢を嬲られた享楽で顔を火照らせ、そのまま事の成り行きを傍観するしか、術はなかった。

そんな、胡乱気なリョーマの視線を一身に集めつつ、どこか浮き足立つ様な素振りで、手塚は脚を開き、自分の業によって再度屹立したリョーマの真上に腰を浮かべた。
バランスを取るせいなのか、少しばかり反り気味にさせた胸板の中心にくっきりと浮かぶものがあって、朦朧としたまま乍ら、リョーマはそれへ向かって腕を擡げ、摘んで爪を立てた。
途端に、擽ったそうに艶笑を深くする手塚の顔に打ち当たる。

頬が思わず引き攣って、リョーマは、ぎくしゃくした笑みを浮かべる羽目になる。

リョーマの下腹の上に跨がった手塚が、緩々と腰を落としていく。
その目は、眼下に押し迫った快楽の火種にうっとりと酔っている様にも見受けられた。期待感に充ち満ちている。
跨がる脚を更に僅かずつ開き、腰を下ろしていく手塚を眺めながら、リョーマの脳裏には、いつの日かの父親の言葉が甦る。

『手が付けられんぐらいに淫乱だ』

貴方の言葉は正しかったよお父様。

「……っぁ!」

緩々と下降を続けていた腰も、どうやら先端を後口が咥えたらしい。リョーマの思索の波を引き裂いて、甲高い声が頭上から上がった。
それまで、左右に垂れ下がっていた手塚の手も、リョーマの鳩尾の辺りに重ね合わせるようにして置かれ、くん、と白い喉元が反り返る。
共に反り返った顎先から喉元までの、顎裏の薄い皮膚が、酸欠に陥った魚の如くひくついている様が、真下から見上げるリョーマの視界に入り込む。

肩を震わせ、支えに置いた腕も手も震わせ、全身を嘶かせる手塚は、一見すれば恐怖に戦いている様にも映る。けれど、躯の至るところを震撼させながらも、真上に仰け反った声帯の先である唇からは、歓喜に満ち満ちた声色しか出て来ず。
楽しんでんだなあ、と、リョーマを寂寥の色で染め上げるには充分だった。
今の自分は、手塚にとっては、きっと大人の玩具とそう大差がないんじゃないかと思う。否、最奥目がけてちゃんと噴き出してやれるから、辛うじてバイブレーターやディルドーよりは役に立てているだろう。

つぷり、ずぶりと手塚の中へと、リョーマは埋められていく。
先端を含んでからは、手塚の降下してくるスピードもより慎重になった。…ひょっとしたら、ただ自分で自分を焦らして、遊興に耽っているだけかもしれないけれど。

閉じることを忘れた上の口は、たらたらと嬌声を間断無く零し、下の口からはリョーマが入ったことにより、容積的に飽和を迎えたらしく、先程放ったものが、小さな気泡をたてて零れ出していた。そちらは手塚の内股を伝って、リョーマの脚の付け根の窪みに細やかな水溜まりを作る。

程無くして、根元まで全てを飲み込んだらしく、リョーマの下肢に、あたかも腰でも抜かしたかの様に、ぺたりと手塚は座り込み、一際大きく息を吐き出した。リョーマも同じ様に大きく吐息する。
この手塚の肉襞に緊縮される感覚というものからは、どうにも逃れられない。この上なく、気持ちがいいのだ。
だから、どれだけ手塚が強行してこようと、絶対に拒む事が叶わず、流されてしまうのだけれど。
最初に誓った筈の自戒はどこへいってしまったのか。

リョーマの腹上で、手塚は呼気を次第に長く細いものに変え、やっと沈めた身を、俄に持ち上げ出した。
そして、リョーマの半ば程まで上がってから、また沈み、そしてまた浮き上がり、という動作を何度か続けた。
徐々に、そのピッチが早まるのを感覚としてリョーマは捕らえ、自分も腰を突き上げてやった。
それまで放ったらかしにしていた両の腕のうち、一方は手塚の胸の上で堅く尖っているものへ。もう一方は、リョーマと同等に上方へと聳り立っている手塚のものへと。

「…ぁっ…………く………ぅう…ん………………」

引き絞る様な、か細い声。
悩まし気に眉を顰め、今にも泣き出しそうな程に顔をくしゃくしゃに歪めた手塚がリョーマの上で腰を執拗にくねらせていた。

上手になったけど、この人一人で達するにはあと一歩なんだよね…

あそこに当てるには、どうにもまだもう少しばかり未熟。
手を焼いているレベルはかなりのものだけれど、きちんと自分無しではまだ不完全なんだなと思うと、ちょっと可愛い。目の前ではこんなに痴態を振り回しているけれど。


手塚の上下を弄る手はそのままに、リョーマは少しばかり、躯を捻ってみせる。
今、侵入している場所で、どこが一番熟れているか、どこに欲しがっているか、なんて、もう手に取る様に解る。

リョーマの上の手塚が、大きく跳ねた。きゅぅっと強烈に締め付けられる感覚がリョーマにもあった。

「ここ、でしょ……?」
「ん………ああ……」

ふるふると身を小刻みに震えさせながら、手塚はまた上下に動きだした。
ギャロップの騎手の様に、激しく身を上下させ、くねらせて。
手塚がきちんとリズムに乗れる様に、ギャロップに相当するリョーマも、熾烈に腰を突き上げてやった。

一人用のベッドが、断末魔の苦しみの声を上げて、ぎいぎい、ギシギシと悲鳴を迸らせた。

「ん………ふ…………んんっ」

リョーマの上でふるふると震え乍ら、それでも、顔には恍惚とした笑みを浮かべて、リョーマの手の中で、手塚は爆ぜた。
手塚が気持ちがいいのだと言った、腸壁を遡上していくものを、リョーマも合わせて放ってやった。



下腹に跨がったまま、余韻を楽しんでいる手塚を見上げ乍ら、もっと強くならないとなあ、とリョーマは決意を新たにするのだった。
とりあえず、己のレベルを上げるには、先達の言うことをもっと聞いておいた方がいい。

















彼の変遷。
ええと…おつかれさまでした。
多分、この後、リョーマさんはまた手塚に強請られる。もう、手塚による越前強姦に近いです。
othersへ戻る
indexへ