小さな小さな恋人だから。
どうしてこいつはこのサイズなのだろうかと、腰に腕を回されたまま、手塚は茫洋に思いを馳せた。
今、抱き締めているリョーマの頭は手塚の胸の辺りに埋められている。お互い、立っている状態なのだから、開き過ぎた身長差故にそれはどうしようもないこと。
そのどうしようもない事実が、手塚の癪をひたひたと鄙俗しく触っていた。
要は、腹が立つのだ。リョーマのその低い背が。
けれど、一度はそう腹を立ててはみたが、ふたつも年が下ということ、つまりは摂取してきた栄養分とこなしてきた運動量がどうやってもその730日という数字の下では不足するのが当たり前で、手塚は次に育ち過ぎた自分のこの体躯を恨めしく思った。
背も恰幅も、幼いリョーマの腕では、手塚が何かに腰掛けるか、膝のひとつも着いてやらねばすっぽりと手塚を抱くことはできない。
一番、回数が多い抱擁のシーンでは、手塚の胸の辺りにリョーマの頭が、腰の辺りに腕があり、手塚がリョーマの心音を耳にすることは不可能だ。精々、髪の香りを嗅ぎ、柔らかさを頬で感じられる程度。
傍目から見れば、リョーマが手塚を抱いているようには到底見えないだろうこの格好。勿論、手塚としては傍目に誰かが立つ状況下では容易く抱きしめられてはやらないけれど。
「……………どうして、お前はそう小さいんだろうな」
「どうして、色気のある最中にアンタはそうやって色気の無いことを言うんだろうね」
苛立ちめいた口調で、リョーマの肩口に額を埋めた手塚がそう漏らせば、苦笑いのリョーマがそう切り返す。
どうして、と言われても、実際そう感じてしまったのだから仕様がない。
今直ぐにはどうしようもない事だからこそ、ムカムカと胸を苛んでくる気持ちを覚えずにはいられなかった。
不貞腐れる心情から、思わず手塚が口を噤んでいれば、腰に回されていた腕に力が込められる。
「今のサイズに不満が無いって言ったら嘘になるけど、がむしゃらに腹が立ったりはしない」
ばかでかい背を求めずとも、屈強な体を持たずとも、物事はこうして立派に上手く成立しているのだから、という意味のことをリョーマは続けた。
「それとも、アンタは女々しいことでも考えているの?」
筋骨隆々な男の腕や厚い胸板で抱き締めて欲しいと、そんな事を考えているのかと。
胸上で顔をころりと横に向けた幼い双眸でそう問われ、横目でリョーマを見遣っていた手塚は少し考えてから小難しい顔に行き着いた。瞼が素っ気なく下ろされる。
「そんなことは考えていないと言えば、嘘にはなるな」
「驚いた。まだオレの知らないアンタがいたんだ?」
そう言うリョーマの顔はまるで喫驚していない顔で。寧ろ、その顔色にはシニカルな部分の方が多い。
「でもいいよ。そんなアンタも好きだから」
「取って付けた様に好きだと言われるのは腹が立つな」
「おまけじゃないよ。ちゃんと本気だから」
安心してよ、と含み笑いした顔で告げられても、安易に信用できる筈が無い。
「俺の方がかなり本気でお前が好きだ」
「ありがと」
そう言っては顔を近付けられ、顳かみに唇が落とされる。
ささやかなキスを寄越されても、手塚はリョーマの肩口から顔を上げず、ただ小さく溜息を落とした。
”困り果てている”。溜息の中にはそんな気配が窺えた。世の中学生達に比べて相変わらず溜息が多いことだなあ、とリョーマは苦笑するが、彼が抱える苦労の種を取り除いてやろうとは思わない。
恋なんて、そんなものだと、リョーマは心得ているから。悩んで、迷って、盛大に苦労をして。奥歯が痛くなるくらいに甘酸っぱい方が、”この時”が過ぎた時に快い恋だったと、間違いなく思える。
だから、手塚は散々、悩みに悩み、苛立ち続けていればいいと、意地の悪いことをリョーマは考えた。
「本気で愛してやるから、早く大きくなれ」
「アンタもね」
既に大きな彼が更に磨くべきものは、リョーマが育てていくもの。そしてリョーマもまた、手塚の手で育てられていくことに異論は無い。
小さな小さな恋人だから。
越前はちっこいままで良いと思います。
othersへ戻る