原題 A Midsummer Night's Dream
いつの頃からだっただろう。
体中から汗を吹き出させて、真夜中にリョーマが飛び起きる様になったのは。
手塚がそんなリョーマに気付いたのは暑い真夏の夜のこと。
寝苦しさから不意に目を覚ましてしまって瞼を持ち上げれば、すぐ目の前でリョーマが身を起こしていた。
越前、といつも通りに、けれど、肩で大きく息を吸ったり吐いたりする彼の名を不審気に呼べば、室内を埋め尽くしていた酷い呼吸が止まった。
秒針が身を震わせて、カチリと音を立てた。夜の帳の中ではそんな些細な音が耳を塞ぎたくなるくらいに五月蝿く響いた。
は、と嗤いにも似た音でリョーマは息を対外へ。
今にも泣きそうに幼い顔を歪めながら。
「…ごめん、起こしちゃった?」
「いや…」
手塚が寝覚めたのは飽く迄、この熱帯夜の気温のせいで、決してリョーマのせいではない。
首を横に振ろうという意識をもちながらも、手塚の冠りは動かなかった。
代わりに、酷く焦燥した顔でまた呼吸を始めたリョーマの頬にそっと触れた。
「どう…、か、したのか?」
触れた手の平は大粒の汗でじわりと濡れた。手塚は戸惑い、リョーマはそんな手塚の手の上に自分の掌を重ねた。
まだ、息が荒い。
日頃の練習のせいで固くなった掌が汗に塗れながら小刻みに震える。まだ幅の足りない肩も。
「なんでも、ない…」
薄弱に言葉を吐き出す唇さえも。どこか青褪めて。
空いたもうひとつの手でリョーマの長く垂れ下がった前髪を掻き上げる。深く瞑られた瞼さえ今にもカタカタと音がしそうな程に震えていた。
どこかしこもが小さく、けれど大きく震えていて、平素通りの場所が見つけられない。
「なんでもないわけがないだろう…」
「…ちょっと、夢見がわるかっただけ」
添えられた手塚の手に縋り付くように、被せた手に力が籠る。どこか言い訳めいたリョーマの言葉。
この時のリョーマが酷く小さく見えた。実際、リョーマはまだ手塚よりも小さいのだけれど、いつも彼が纏っている雰囲気が消失していた。
裡に何かを澱ませて隠らせて、押し出さないように細心の注意を払っているかのような。
「部長」
普段なら生意気に擡げられる唇が震えながら薄く開く。
いつも通りの名を呼ばれ、返事の代わりに手塚は額からリョーマの輪郭を撫ぜた。
細かく揺れ動くその身体を鎮めてやりたかった。
「だきしめてもいい?」
「ああ」
手塚の肯きと共にリョーマの腕は手塚の背に絡まる。遠慮がちに指先を背に回して、それでも身に宛てがわれた細い腕できつく射抱かれる。圧し潰されそうな程に強く。
ふるえるカラダとふるえるカイナ。
己も震えてしまわないように、手塚はリョーマの内できつく唇を引き結んだ。
震えないように。
彼がこれ以上揺れてしまわないように。
「越前…。大丈夫か?」
「うん。だいじょうぶ。もすこし、このままでいさせて」
やっと、呼吸が緩やかに変わる。けれど大粒の汗はそのまま。
すう、はあ、と意図的にリョーマは酸素を盛大に取り込む。一緒に大好きな手塚の匂いも吸い込んで、心肺が落ち着く。
手塚も、リョーマを静かに抱いて、背を掌で鎮めてやる。
嫌な夢を見続けていた。
洒落た言葉など付属しない全くの黒の世界と青空。
青空は酷く伸びやかで無限すぎて、上も下も横もない。ぽっかりとそこに浮かぶ自分の体。
それが、それだけが怖くて。
墜落の危険性が怖いのではなくて、上が見えないことが怖かった。
ひょっとするとそこが最上階だったからかもしれない。けれど、上下左右の無い青空の真っ直中ではそこが最下層かもしれなくて。
誰もいない黒い世界に居たから怖かったんじゃない。
ただ、
ただ自分がいる所が誰よりも下だったのなら、どこが上かも解らなかったら、もう貴男はここから去ってしまうのだと思った。
上を目指せない自分など嫌ってしまうのではないかと思った。もし自分に何も無いとしたら、貴男は振り返りもせずに、そのまま去ってしまうだろうから。
ただ、あなたがすきだった。その事実が怖かった。
この世に、終わらないものなどひとつとして無い。あなたの気持ちは自分が強い間しか繋ぎ止めておけないのだ。そう思い込んでいる自分が怖かった。
リョーマが一際大きく息を吐き出す。その後に僅かな間を置いて、
「…オレ、すきなひとがいるんだ」
唐突な切り出しでリョーマは言葉を滑らせる。
「そうか」
「すごく、すてきな人」
「そうか」
「だれよりも、なによりも大切。オレ自身よりも」
「そうか」
歌うように、リョーマの口からは言葉が滑る。どこか夢現に無垢に。
零れた歌声は薄い布越しに手塚の膚へと真っ直ぐに向かい、体内に蕩けた。
「あの人が大切」
「そうか」
言葉は震えない。歌は揮えない。
ただただ最愛の人へと注がれて、中へ中へと実に緩慢に蕩けて進む。
「ねえ、部長」
腕は震える。身体は揮える。それでも抗う様に指は彼の背を手繰り寄せた。
肉の薄い背な。明白に解る背骨の繋ぎ目の数。それでも強いひと。
ああ、愛してるとやけに思った。
すごく彼の事が好きだ。
「キスしていい?」
「ああ」
「すこしだけ」
「ああ」
腕を解いて、昇るように唇を攫う。
ほんの、すこしだけ。僅かな時ばかり。
「あなたが、とてもすきだよ」
原題 A Midsummer Night's Dream。
おせんち。
塚に依存しまくる越前さんを目指せ。とりゃあっ。
昨晩、全国一人沈鬱大会がオオザキ邸で行われていた名残。今は元気ですよー。
自分の鬱をテキストにぶちまけてはいけない、わたし。
ハイヨー。はいどぅどぅ。
わけわかんなくてすいません。
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