case of NO-LOVER

















本人に自覚はないが、表情の変化が乏しいせいで手塚には『厳しい』というイメージが部員達の中にある。
厳格で、手心を加えず、容赦がない。
表情を司る目や眉、口元が常にフラットな形状を保っているせいもあるかもしれない。

自然と畏怖の念を抱かれつつも、それをカバーする畏敬の念でもって彼は今日も放課後のテニスコートに君臨していた。







ベンチでふんぞり返るように悠然と腰を落ち着けているそんな彼に対して、体中の汗腺からしとどに雫を垂らしつつ、横暴、と乾は言葉にした。

「乾、手を止めてると女王様から檄が飛ぶよ」
「アイツを部長に任命した奴に小言のひとつでも言いたくなるな…」

ふぅ、と屈めていた身を起こして乾は額の汗をぬぐった。
その両手には配布された軍手が土塗れで填められていた。すぐ傍らには彼等の労働の成果である大地から引っこ抜かれた雑草の数々。

「…まあ、でも、横暴というか、自分勝手ではあるよねえ……」

またひとつ草を大地から引き抜いてから、不二は乾を見上げた。
西に傾き出した太陽が未だ元気なのが少しばかり憎い。

「号令と一緒に『今日はコート周りの除草作業を行う!』だもんね」
「隣にいた大石も仰天した顔をしていたしな。手塚の独断の可能性はかなり高い」
「100%?」
「推測だけだが、まあほぼ100%だろう」
「まったく…。手塚のああいうところは嫌になるね」
「何とか改めてもらいたいところだな」

握った草の束を掴んで上へと力を込めれば、根元の辺りでプツリと切れた。

なんとも言い表しようの無い寂寥感に襲われて、乾はハァと溜息をついた。不二も隣で苦笑する。
そして、異口同音に、

「高々、越前が居ないからって…」

二人揃って、遥か後方で一人楽をする部の筆頭者をゆっくりと振り返れば、険しい眸と視線が交錯しそうになって両者ともぱっと視線を逸らした。
じりじりと夏の太陽が痛い。







こういう地味で黙々とした作業は自分には似合わない、とつくづく感じながら、桃城は背後へと除草した数本の束を投げ捨てた。
自分の移動した道筋を辿るように、そこには点々と根も露にした雑草達が転がっている。どうせ後で一息に集めれば問題はないのだ。今散らかしていたとしても。

剥き出しの大地はアスファルトの様に日中の太陽光を蓄積しないだけ幾許かマシだけれど、それでも表面自体は午後の今では充分に温まっていて、頭上からまだ降り注ぐ日光と足下からの温度とのサンドイッチで、先程から体は汗でいっぱいだ。

それでも、今日はひたすら草を抜け、とのお達し。
レギュラーであるとは云え、年長者でもあり部長でもある手塚に楯突ける立場ではない。
根っこから引き抜いたり根元で引きちぎれたりしつつ、桃城は従順に除草し続けた。
ひとつ抜いては、少し前へ進んで。

そうして只管前進していれば、どっかりと土の上に座り込みながら退屈そうに足下の草を千切っている菊丸の背に追突した。
ぶつかって桃城は顔を上げ、又、ぶつかられて菊丸が背後を振り返る。

「おー、桃じゃん。調子どうよ?」

いっぱい抜けてる?と、どこか疲れた顔で問われる。はあまあ、そこそこに、と桃城も曖昧な返事をして菊丸の隣に腰を下ろした。
見れば、菊丸の周囲にはただ千切られたばかりの草の断片がばらばらと散らばっていた。

その様を見られてどこか気恥ずかしそうに、照れた様に菊丸は笑った。

「こういう作業って俺駄目だわ。すぐ飽きちゃう。しかも全然上手く抜けないしさー」
「俺ももうすごい飽きてますよ。続かないんスよね、こういう黙々とした作業」

そうそう、そうなんだよねえ、とゆっくりと菊丸が頷く。

「にしても、なんで今日は草抜くだけなんスかねえ…」

はあ、と夏空を振仰いで桃城が漏らす。菊丸もつられる様に空を見上げる。
午後も盛りを過ぎたというのに暑い。

「きっと、それはあれだよ…おちびのせい」
「はあ…」

流れる雲を目で追いつつ、ぼんやりと菊丸が告げた言葉を桃城もぼんやりと受け止める。
どうも雲を眺めるという行為は和んでしまう。

今、この場で作業に勤しんでいるのはほぼ部員全員。
欠席しているのは、どういう名目なのかは知らないがコートで状況を監督する手塚と、それから越前リョーマ。

「今日、おちびって図書委員で遅れるって言ってたじゃない?」
「ああ、そういえばそんなこと言ってましたね…」

いつものあの1年生3人組が。
だから、それよ、と菊丸はまた大地から生える足下の草を掴む。ごっそりと根から抜けるのではなく、それもまた茎の途中でぶつりと切れた。
その様に菊丸は唇を尖らせる。

「手塚もさ、解ってるとは思うんだけどね。委員会関係で遅れるのは仕方ないっていうのはさ」
「部長も生徒会で遅れたりとか来られなかったりとかしますもんね」
「そうそう。ああいう時、逆におちびが手塚来るまで荒れてるじゃん?それに付き合う周りの身にもなれっていうの」

拳にしていた手を開けば、ささやかな風に乗って千切れた草が舞って墜落していく。
風に乗り切れなかった草を、ばあっと大きく振り撒いてから、大きく菊丸は項垂れた。
そんな隣人を窺いつつ桃城はまた草を引き抜く。どれだけ作業をしても密集して生える草はちっとも減らない。桃城が引き抜いたものも所詮氷山の一角でしかないのだ。

「あー、もう、だめ、本気で飽きた」

気分屋の彼は、まだまだ青く茂った草の上へと寝転んだ。そして、大地の上で大きく伸び。

「やってらんねー!!」

大の字になりながら昊天へと叫べば、遥か遠くからそれでもよく通る声で手塚から叱咤の声が飛んできて菊丸は頭を抱えた。










「すんません、遅れました……って、あれ?今日は部活しないんスか?」
「「「「遅いっっ!!!!」」」」

それから多分に時間が経過した頃、いつもの姿でひょっこりと姿を表したリョーマ目がけて一斉に幾重もの怒声が飛んだ。

リョーマが来た途端に、

「次の休みに学校中の除草は業者の方がしに来てくださるので、今日はここまで」

では部活を始める、と涼しい顔をして言ってのけた手塚にも汗だくの部員達からブーイングが其所此処で起こったりした。


















case of NO-LOVER
居る筈の恋人がそこに居ない場合。
バカップル…
othersへ戻る
indexへ