落ち着く家
















カラン、と涼やかにグラスの中の氷は音を立てる。
まだ初夏にあっても、その清涼さは心地の良いもので、傾けていたタンブラーから口を放すと手塚は満足そうに嘆息した。

「美味いな」
「そう?普通の麦茶の筈だけど」

手塚の感想に相槌を返すは越前リョーマ。
彼も手塚と同じ様に茶を飲み下して面を上げた。

二人の手に握られているタンブラーに入った日本では普遍的な麦茶はリョーマの母親が出してくれたもの。
客人である手塚に、どうぞごゆっくり、と笑顔で告げて置いていってくれたものだ。

「どこの家でも出るでしょ?これぐらいなら」
「うちの場合は煎茶が出るな」
「へえ」
「祖父の趣味だ」

手塚の話を聞きつつ、リョーマはまたタンブラーに口を付けて透けた茶褐色の液体を喉に流し込む。

本日は学校も休み。部活もつい先刻終わって、そのまま二人は恋人の時間をスタート。
けれど、中学生という娯楽に金銭を易々と費やせはしない身分と、人込みを厭うという互いの性格から自然とどちらかの家へと足は向く。今日の行き先がリョーマの家になったのは偶々だ。
デートと言いつつも、二人でのんべんだらりと部屋で過ごすだけの日もあるし、軽く打ち合う日もある。勿論、雰囲気によっては肌を重ね合わせて遊ぶ日もあるのだけれど。

今日は生憎と、健全な日。

氷がまた音を立てる。一度、リョーマがグラスから口を離していた。

「不二の家に行った時は紅茶が出て来たしな」
「へえ。らしいっていうかなんて言うか」

彼の家は確か朝食にワッフルかカンパーニュか選べる様な家だった筈だ。
日毎に朝食のメニューが違って、ベーグルかショソンか、なんて日もあったとかなんとか。
菊丸が不二んちの朝飯ってばすごいんだぜー!と目を輝かせていたことはリョーマの記憶にも新しい。

「紅茶も嫌いではないが、どうも落ち着かなくてな」
「なるほどね。アンタんちとは180度違う家みたいだしね、あそこは」

不二の家になぞ、行った事は無いから完全には解りはしないけれど。
彼の普段の素振りだとか持ち物だとかを垣間みれば何となくは想像がつく。

「菊丸の家に行った時は選択の余地なくジュースが出て来たし、大石の家の時は俺にはコーヒーしか出された記憶がない…」

ふ、と手塚は遠い目をしてみせる。
きっと、甘ったるいジュースはそんなに好きではなく、コーヒーは外見からの勝手な偏見のせいで一方的に出されたりしたのだろう。
そして、内心複雑にしつつも出されたものを断れはしなかったのだろうと推測された。

「結構、アンタって先輩らの家行ってるんだ?」
「どこの家も精々片手で数えられる回数ばかりだがな」
「ふぅん」

拗ねた様に鼻を鳴らし、伸ばした足をぶらぶらとリョーマは揺らす。
自分の知らない手塚を知る事ができるのは好ましかったけれど、自分以外の付き合い関連となると、我ながら子供っぽいとは思いつつも嫉妬の欠片ぐらいは抱いてしまう。
それが友達付き合いの延長線であることも、手塚自身に『その気』なんて勿論なかったことは解っているのだけれど。

揺れる爪先を見詰めながら唇を尖らせつつあったそんなリョーマの髪を不意に手塚は梳き、

「まあ、最近はお前のせいでどこの家にもご無沙汰だ」

と、微笑みを孕んだ顔で言ってやる。
ただリョーマの機嫌をとる為だけの台詞ではなく、気付いた事実を述べたまで。
それでも、その一言でリョーマの機嫌は途端に上向きになるのだから、易いことこの上ない。

「お前の家は居心地が良いから好きだ」
「オレがいるから、デショ?」

にんまりと口角を持ち上げてリョーマは笑う。それ以外に理由なんてないだろう、とばかりに誇らし気に。
その様子と台詞とが、自己中心的ながらもなんとも彼らしくて、手塚は可笑しさを堪えきれずに思わず失笑した。

「お前の家はまともな飲み物が出て来るからだ」

調子にのるな、と額を小突けば、ちぇ、とちっとも悔しくはなさそうな顔でリョーマも笑った。






此処が落ち着く理由の本心は、やっぱり此処には君が居るからなのだけれど。
君が居れば、例え世界の果てであっても荒涼とした世界でも空気に馴染む様に寛げるのだけれど。
告げればきっと、もっと笑顔を見せてくれるだろうから、今は、言ってなどやらない。


















落ち着く家。
同じ同輩でも、乾の家に行った時は出されるものは茶と言えど、何も口にするべきではないと思います。絶対変な物入ってそう…!(偏見
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