井の頭公園、午後一時。

















ただ空が青くて、湖面が青くて。
浮かぶ小舟の上で空を見上げて寝転び、かの人の膝に頭を預けて、

「青」

たったそれきりの感想を告げれば、唯、気付いただけの一瞥をくれた。



慣性の法則のままに、舟は湖面に緩いシュプールを付けて流れて行った。


















「今年で何年目だっけ?君と手塚」
「5年とちょっとじゃないスかね?多分」
「多分って君ね…」

困った様に、不二は小さく笑った。
そんな彼を見遣るでも無く、忍び笑う彼の声をただ聞き乍ら、リョーマは空を見上げた。
過剰な程の快晴。
柔らかい春日だとは謂え、大気圏以外のフィルターが無いとなるとやや暑い。今更に、リョーマは袖の長い服を着てきたことを悔やんだ。
早くも額がうっすらと汗をかき始めている。

「春なのに、暑いね」

リョーマに倣う様に不二も空を見上げ、燦々と降る陽光を遮る様に額に手の甲を当てた。
そのまま、気温から連結させて、最近の異常気象についてだとか、雑談を始めようと口を開くけれど、

「………青」

話題の切り開きにもならない、そんな単語だけの声が向かいのリョーマから零れた。
青がどうしたって?そう言ってはことりと不二が首を傾げてみせた。

「…懐かしいなって思って」

苦笑して、リョーマは目を閉じ、空に向けていた顔を下ろした。其所でもう一度目を開けば、今度は空を映した水面の青。

「昔、今と同じくらいの時間帯に、ここにあの人と来たことあるんスよ」
「へえ」

感嘆の声と共に、不二は微笑んでみせる。彼等が一丁前なデートコースに来たことがあるというのは、正直、意外だった。

湖、そしてボート。中学生のデートとしては、酷く王道な甘酸っぱさだけれど、その甘酸さが逆に『手塚と越前』という二人組では不似合いというか、齟齬というか、兎に角意外性めいたものがあった。その時、彼等が中学生だったとしても。今なんて、もっと意外だ。

尤も、久しぶりに呼び出した後輩と人気の無い湖面にボートを浮かべて茫洋としている自分も、傍目から見れば首を傾げられる部類なのだろう、ということも、不二は何となく気付いてはいたけれど。

「あの時も今みたいに晴れてて…。湖も真っ青で」
「ああ、それで」

青、なのか、と先程のリョーマの呟きに不二も漸く得心がいった。
短か過ぎるけれど、的を痛いくらいに射た感想。越前リョーマが漏らす感想、という点に於いても釣り合いは充分な程。
口喧しく、どこがどう良いかを語る様な人種では無かったから。変わらないな、と不二はまた笑んだ。

「でも、ここの公園のボートに乗る恋人同士は結ばれないっていうジンクスがあるんだけどな…」

君達、今年で何年目だっけ?
最初にした質問と同じ問いを、笑顔のままで不二はまたリョーマに投げた。
今度は苦く笑って、「5年とちょっとッスね」リョーマはそう答えた。彼の苦笑いはどこか優越めいたものを含んでいるから、何とも彼らしい。

「そろそろ、ジンクスの効果が現れてもいい頃なんじゃないの?そういえば、今日は一人だね」
「…不二先輩が一人で来いって言ったんじゃないスか…。おかげで、出掛けに『精々、不二と御愉しみでもしてこい』って皮肉言われたんですけど?」

それはそれは、目に棘が見えるくらいに、角立った様子で。

「だって、手塚とは一昨日、お茶したし。男二人でボートっていうだけでも気味が悪いものがあるのに、男三人でボートに揺られるなんてとんでもないよ。狭くなるし」

まあ、そうですけどね。
不二の発言に、リョーマはどこか倦み疲れた様子でそう言った。気味が悪いと自ら言うのならば、どうしてあんなにはしゃいだ様子で「越前、あれ乗ろう!」なんて誘ったのだろうか。
ボートに乗り込む前に、きちんとこちらは嫌そうな顔をしてやったのに。

「早く、手塚と別れて落ち込む君が見てみたいな」

船首の段差に腰掛けた膝の上に突いた両手の頬杖に頬を預けて、大層、朗らかな様子でそんな恐い事を言われる。
リョーマは小さく笑い声をたてた。

「2、300年くらい待ったら、万が一、で起こったりするんじゃないですか?」
「お生憎様。僕は奇麗なうちに果てるって決めてるんだ」

何百年も待てないよ。
そう言ってから、ねえ、まだ?と催促なんかしてみせて。

「長生きして下さいよ、不二先輩」
「ジジむさいこと言うねえ、越前」

苦笑した自分に、真顔で凄く失礼な事を言われた。




















井の頭公園、午後一時。
万が一、なんてこの二人組じゃあり得ないんじゃないかと思っているわたしです。目は盲いとります。
ボート乗りてー……
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