見様見真似
リョーマのそんな顔を、手塚は彼と知り合い出してから初めて目にした気がした。
酷く青褪めたその肌は、いつもは太陽に色好く焼かれて健康的な肌色をしている。戸惑いで揺れるその双眸は、いつもならば芯を持って侃としている。
彼に近付くよりも手前で、手塚は思わず「どうした」と声をかけた。我知らず、声もどこか焦りを孕んでいる。
なにせ、こんなリョーマの姿は見たことが無かったものだから。
云い知れぬ不安と共に、手塚はリョーマのところへと辿り着いた。
涙がかった眼差しが、縋る様に手塚を見上げてくる。思わず、腕を伸ばして抱き竦めそうになるけれど、今は部活中なのだと思い出す。両脇に垂れ下がる手がわきわきと居心地悪そうに握ったり閉じたりを繰り返した。
「越、前…?」
「部長……。どうしよう、オレ。ちょっとした好奇心だったんだ…」
手塚はわざわざ踏み止まったと云うのに、リョーマは遠慮も無く、手塚の腰へと抱き着いた。ぷるぷると未成熟な体が、眼下で小刻みに震えているものだから、周囲を一度見渡し、部員達が部活に切磋琢磨している様を確認してから、憚れる様に恐る恐る、手塚はリョーマの背で腕を交差させた。
「どうしたんだ、越前」
すっと身を屈め、彼の耳元へと再度尋ねれば、突っ伏していた胸の上から視線をゆっくりと上げ、リョーマがひとつ、唾を飲み込み、咽喉が上下に動いた。
そして手塚を真っ直ぐに見上げていた視線が、手塚とリョーマのすぐ脇にあったベンチの方へと逸れる。リョーマに倣って、手塚もそちらを見た。
ベンチ上にあるそれを見て、手塚も全身にあった血の気が引ける。
「どうしよう。どうしよう、部長。まさか、こんなことになるなんて思わなくて…!」
「…落ち着け。落ち着いて、状況を話してみるんだ」
焦らなくていいから、ゆっくりでいいから、と手塚は優しくリョーマの頭を撫でた。こく、こく、と小さく何度かリョーマも頷き、毀れることも間近かと思われる程、よく濡れた目を拭う。
「出来心だったんだよ…」
「ああ」
「そこに居るのが見えたもんだから、後ろから、近寄って…」
こう、とリョーマは手塚に抱き着いていた腕を離し、掌を垂直に立てて、振り下ろしてみる真似をしてみせた。
手塚の眉間に、俄に縦皺が寄る。
「後ろから…、か。それは少々、難有りだな…」
「まさか、こんな簡単にいくなんて思わなくて…」
手塚は膝を曲げ、俯き始めてしまったリョーマの目線に己の目線を合わせた。彼の平静が少しでも戻る様に、頬をゆっくりと撫でてやる。リョーマはゆっくりと目蓋を下ろして、静かに撫でられた。
「…取り敢えず、保健室、へ行くか」
「ごめんね、部長。オレのせいで…」
素直なリョーマも、不安がるリョーマと同等なくらいに珍しかったものだから、これはこれで少々、気味が悪いような気がしないでもない。
そうこっそりと思ったりもしたけれど、それを表には出さぬよう心掛け、瞑目したリョーマの額にこつん、と自分の額を突き合わせる。
「わざとでは無かったのだろう?なら、きっと許してくれるさ」
「…そう、かな」
「俺もフォローはしてやる」
「…うん。ごめんね、部長。ありがとう」
テニスボールひとつ分も無い僅かな向こうで、目を開けたリョーマはやっと少しだけ笑った。
不意の出来心で繰り出された背後からの手刀を首筋に食らい、失神した不二を担ぎ、主犯のリョーマを引き連れて、手塚は保健室へと向かったのだった。
見様見真似。みようみまね。
不二キュンを敵に回してはいけません。怒らせてはいけません。
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