Nothing ventured, nothing gained.
部活開始の定刻まであと10分。
制服からユニフォームへと着替え、ラケット片手に部室を出ようとした手塚をリョーマが呼び止めるものだから、手塚は足を止め、彼は振り返った。
振り向き様、何故か胸倉へと腕が伸び、ユニフォームの襟元を掴もうとしてくるリョーマの手を、咄嗟に手塚は叩き落とした。胸倉を掴んで来るだなんて、なんとも物騒なことだと思ったものだから。
叩かれた方のリョーマは、それでも手塚に声をかけた時から変わらぬ笑みを不機嫌なものにはしなかった。
リョーマの小さな手で出来上がった胸元の皺を、手塚は伸ばし直し乍ら見下ろす。
「俺が何かしたか?」
「ううん。何も」
「では、お前の狙いは?」
にん、とリョーマは深く笑った。
いつもの白いキャップ帽はまだ被られていなかったから、伸びた前髪にだけ隠れたふたつの目が細くなる。
ああ、何か魂胆があるのだな、とその笑みに手塚も確信を得た。
「ボタン、もう一個開けてあげようと思って」
三つあるユニフォームのボタンをリョーマは指し示す。手塚も顎を引いて自分の胸許を見下ろした。
そこは一番上のボタンだけが開いていた。首筋の終わりだけが辛うじて覗いている。
胸許から再びリョーマへと視線を移せば、また腕を伸ばしてきているものだから、再びそれを手塚はペチリと軽く叩いた。
胸許を開けようとしてくるリョーマの真意がまだ解っていない。何故、と手塚は眼下のリョーマへと問うた。
「どうして、って、そりゃ、よく見えるように」
何が、と手塚が抜けた主語へと更に問いを重ねる前に、リョーマの口からそれは語られる。鎖骨が、と。
鎖骨?と思わず語尾に疑問符を付けてその単語を繰り返した。そう、とリョーマが笑顔でひとつ首肯く。
「練習中、お前の気が散るんじゃないのか?」
「さあ?それは試してみないと。逆にボルテージが上がるんじゃないかな、ってオレは思ってるんだけど」
常々、練習に何か物足りなさがあるのだと、この一件を思い付いた理由としてリョーマは後に続けた。部の長相手に、よくもそんな不穏なことが云えるものだと、手塚は呆れを通り越して感嘆する。
「練習が物足りないのならば、もっと内容を濃くしてやっても構わんが?」
「そういう物足りなさじゃなくて。なんて云うの?精神的な安らぎが欲しい、みたいな」
「それが俺の鎖骨だと?」
「そうそう。色気が欲しいッス。練習に」
「色気……」
花より団子、というよりは団子より花、なのかもしれない。若しくは、団子と更に団子。リョーマが求めているものは、色気でありつつも、そこに食い気が含まれている気がする。肉欲的な食い気。
リョーマからの注文に、手塚はあまりいい顔をしなかった。自分がそれに利用されるという自覚が無かったし、常日頃、周囲の人間に視線で付け狙われていると危惧しているのは開襟しろと今、目の前で宣ったリョーマの方だったものだから。
日頃の自分と矛盾した発言をしていると、リョーマも流石に気付いていた。だから、手塚が顔を顰めた理由も解る。
小さく、リョーマは苦笑を浮かべた。
「他の奴らの目が気にならない訳じゃないよ。ただ、そればっかり気にしてたら楽しい目にオレも遭えないなーって気付いたの」
それでも尚、手塚は喜色を浮かべたりはしない。それどころか、そんなことに利用されるのは不快だと云わんばかりの顔色。
リョーマは三たび、手塚の胸許へと腕を伸ばし、それをまた目敏く手塚は叩き払うけれど、今度はリョーマもその手塚の手を交い潜って目的地へと指先を到達させる。
「大丈夫。他の奴に何かされそうになったら、ちゃんと助けるから」
そういう問題では無いのだけれど。
遂に、口をヘの字に曲げだした手塚の眼下で、リョーマは口角を擡げた。
「いつでも、オレを楽しませていてよ」
ぱちん、と指は払われ、襟元から手塚の鎖骨が覗いた。
Nothing ventured, nothing gained.
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
テニス+色気の手塚=上機嫌越前
あの子は腹チラ用にこっそり手塚のポロの丈を短くしてそうです。裁縫する越前も可愛いですよね(お話が逸れてませんか)
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