ひょっとしたら違う人間
行為終わりの体が、いつも以上に敏感なことは知っていた。
指先で突くだけで、そこまで跳ねることは無いだろうにとつい思ってしまう程に感度が良いことは。
それをきちんと知っていたし、果てた後、熱が末端に残ったままの自分だとて似た様な状況なのに、それでも、申し訳ない程度に腰の辺りまでしか掛けられていないブランケットから覗く腹部がちらりと目に飛び込んでしまって、手塚の背後からリョーマは彼の身を抱いた。
予想通りに、横たわるだけだった手塚の体はバネ仕掛けの人形みたいにシーツとブランケットの間で大きく跳ねた。その後には耐えきれないらしい小刻みな震えが、腹部に添えたリョーマの手と、彼の背に密着させた上肢から自分のものの様に伝わってくる。
そして口元からも堪えきれない小さな声が、必死に引き結ばれた唇の隙間を縫う様にして毀れ出てきた。
申し訳ないなあ、とも思う。思うけれど、手塚の腹の前で交差させていた指を解き、鳩尾よりも下の部分を探る。後ろから抱きついているせいで、そこはすっかり彼の体に隠れて死角になってしまっているものだから、指先の感覚だけが頼り。
鳩尾から脇へと指を流せば、ただでさえ薄い肉が横臥しているせいで更に薄く伸び、そこに目的の物がくっきりと形として在った。
指先でその小さな凸部へと触れ、埋めた手塚の背中でリョーマはひっそりと口角を擡げた。
眼前の手塚の背は少しばかり内へと撓み乍ら先程より震えてしまっている。二回目に及ぶでも無し、ただ触れてくるだけのリョーマに怪訝な思いを抱いているだろうに、それの抗議すらもできず、焦れきっているに違いなかった。
勝手に焦れていてくれるのは愉悦の極地。今、彼の頭の中でどういった映像が催されているのか、こちらには見えないのが残念で仕方が無い。
落ち着けばいい、というそんな意味を込めて、肩口へわざわざ音を立てて唇を落とせば、喉元が反れて、引き結んだ口元が解けた。
短く叫ばれた手塚の嬌声にリョーマが背後で忍び笑いを漏らしてしまえば、赤い顔をした手塚が後ろへと足を蹴って、リョーマの脛を小さく打つ。
「くすぐったい?」
臍よりも脇で指先を何度か弾ませて伺えば、シーツを頬で擦る様にして頻りに手塚が頷いた。
”先”を仕出かす気が無いのなら、早く手を離せとでも言いたげだった。
燻る熱に火を付けるつもりでいるのかいないのか、その際限の崖淵から動かないのだから、手塚としては今の状態の方が獣染みて求められるよりも辛い。
それでもリョーマは脇腹の辺りを撫で摩るだけ。
「ごめんね。解ってるんだけどずっと気になってたことがあって」
「…気に………、なる?」
やっと人語を話した手塚の声は吐息に塗れているものだから、ぞくり、とリョーマの背は戦慄いた。うっかり、こんな問いかけをするべきでは無かったと、僅かに後悔すら覚えてしまう。
「…腰が、細いじゃない?アンタって。女ほどのくびれじゃないけど」
腰に限らず、手塚は体の至る所が普遍的な少年の体躯よりも細い。身長、体重のスペックを誰かから物のはずみに聞いた時に、なるほど、と大層納得した覚えがある。
世間で言う、欠食児童の類いなのかと思ったこともあったけれど、要は伸びやかな成長と、彼自身が行っている鍛錬の量とに、摂取しているカロリーが追い付ききれていないのだろうと思う。
彼はどこかの中学二年生に比べればまるで食欲には疎いことだし。
そうして細い箇所は首やら腕、足と様々にあるのだけれど、そこはリョーマが今、気にかけている場所より普段、目につきやすい。
裏を返せば、そこは普段見ているものだから、然して気にはならない。こういう時――二人でベッドの上で仲睦まじくじゃれあっている時――に気に留まってしまう。
手塚の、男というには似つかわしくないその柳腰が。
「肋骨が、ひょっとして少ないんじゃないかなあ、って」
「…そんな筈………」
「うん、無いだろうなあ、とは思うんだけど―――」
指先を手塚の脇腹で滑らせて、そこに浮いた肋骨の数をリョーマは下方からひとつ、ふたつ、と声には出さずに数えていく。
自分よりも熱の高い指先が脇腹から胸部にかけて辿ってくるその動きは、手塚にとっては責め苦にも似ていて。
思わず、自分の体の上を這っていたリョーマの手を掴んで止めた。
「昔、女にくびれがあるのは肋骨の数が男より少ないから、って聞いたことがあるから」
「…同じだろうに…」
「うん、だろうね」
生け捕られた方とは逆の手をもぞりと動かして、リョーマはまた肌に浮き出た肋骨の数を数え出すものだから、わざとらしく手塚はリョーマの頭上で舌打った。
タチが悪い。
ただ痩躯であるが故に腰も細いのだろうと結論がほぼ着いているらしいのにまだ触ってくるというのは、予断を挟む余地も無く、”誘って”きている。
いつから、こんなに回りくどい手管を使うようになったのだろうか。
それとも、何か、
「越前……」
逆に誘うのを待っているだとか、そういう底意地の悪いことでも考えているのだろうか。
掴んでいた手を離して、背後から包む様にリョーマが伸ばしてきている腕の中で手塚はころりと身を翻して彼の顔を見た。
まじまじと覗き込むことをせずとも、目尻の辺りがぽってりと朱色に染まってしまっているのが判る。
「なあに?」
尋ねてくるその台詞が凄烈な程にわざとらしい。
こちらの腰元をざわざわと撫でてくる手も、少しばかり冷静になってみれば焦れているのは彼の方だと知れる。
欲しいのならば、素直に欲しいと言ってくれればいいのに。
しばしば、欲しい?と行為の最中に尋ねてくる彼の気持ちが今、この瞬間によく解った。
「欲しいなら、その口で言ってみろ」
骨の数を数えてみるフリをしてその手で触るくらいならば。
その口で、
その声で、
「…欲しい」
そう。そんな素直な調子で言えば、喜んで応じてやってもいい。
「良かろう」
ひょっとしたら違う人間
てづかのこしはほそいぜー。
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