Which's wrong?
「…あ」
間抜けな声を生徒会室に据えられた皮張りのソファの上であげたのは、手塚の方だった。
そんな彼の頭を膝に乗せ、彼の髪を弄くっていた手をリョーマはふと止める。
仲睦まじい昼下がり。
「どうしたの?」
リョーマから与えられる甘い指先から抜けて、手塚は無言のままに身を起こし、さもマズい、とばかり、髪をやや乱暴に掻き乱した。
ソファの背に沿ってパタリと倒れ、リョーマは返事を寄越してくれない手塚の顔を覗き込んで「ねえ」と催促をひとつ。
「どうしたの?」
「ジャージを忘れた…」
「レギュラージャージ?」
「まさか」
俺がそちらを忘れることは有り得ない、とテニス馬鹿筆頭は言った。
そして、学校指定の方だ、と続ける。リョーマは頭の中に部活中、乾が着ている緑色のジャージを思い浮かべた。手塚が示唆したのはそれのことだろう。
五限目が体育だったりするのかもしれない。でなければ、体操着を忘れて都合が悪い筈が無い。
わざわざ”ジャージ”と明言した辺り、ひょっとしたら半袖とハーフパンツの組み合わせは持っているのかもしれないけれど、今の時期は少々それには早い。且つ、変な目立ち方をしてしまったりするだろう。ジャージの群れの中にたった一人だけ白い半袖の格好は。
どうしたものかな、と手塚は思案顔で頬杖を突くけれど、手近なところで解決策はあるようにリョーマは思う。
「誰かに借りたらいいんじゃないの?」
何も、3年生全員が揃いも揃ってその時間、体操着を使うわけでは無いだろうし。
リョーマならずとも誰でも――そう、手塚でも――考えつきそうなことなのに、それでも手塚は顔色を曇らせたまま。
額の辺りを小さく指先で掻いて、不意に閉じた手塚はゆっくりと目を開いた。困窮した様がまざまざとその双眸には浮かびあがっている。
「乾先輩ならアンタのリーチでも合うんじゃない?」
リョーマはそう提案するけれど、手塚は小さく首を横に振った。
「ウエストのサイズが合わない」
「じゃあ不二先輩」
そちらならウエストも合うだろう。何せ、テニスの腕前とは裏腹に姿形は華奢で可憐な有り様と来ている。
けれど、それを告げてから、自分が最初に言った言葉を思い出し、ああダメだとリョーマも気付く。
不二の背丈では、手塚とあまりに開きがある。リーチの問題で不二の体操着を借りる案は却下だ。
「じゃあ、他の先輩は?」
大石に菊丸、河村。テニス部以外にも生徒会の繋がり等で友人はいるだろう。
その中には手塚とサイズが合う者も居たりするのではないだろうか。
けれど、手塚はそんなリョーマに向けて苦笑を浮かべるだけ。
「…散々、俺も過去に試した」
手塚が忘れ物をするのは今回が初めてでは無いらしい方に、些かリョーマは驚いた。
過去に試した、というからには、つまり、そういうことだろうから。
ひとつ驚きを覚えてから、ああそっちで驚くのではなくて、とふとリョーマも我に返り、手塚の口調から察するにその過去の試みは徒労に終わったのだろうと予測を付けて、「だめだったの?」首を傾げてそう尋ねる。
手塚は困り顔で首を縦に下ろした。
「1年までは不二や大石に借りられたんだが、2年になってからかな……丈はともかく、腰がな…」
合う者が居なくなったのだと手塚は言う。
ジャージの腰元が緩んでいては、体を滅法動かす体育の授業が満足に行えないことはリョーマの想像にも容易い。
この学校のジャージがウエストに紐でも通っていて、それで調節できる仕様ならば良かったのかもしれない。けれど、生憎とウエスト部分にはゴムしか通っていなくて、調節などまるで利かない。
「…どうしたものかな」
一度は起こしていた身を、手塚はまた後ろへとゆらりと倒し、そのままリョーマの膝の上と言う元の位置へと戻った。
するりと手塚の腕は伸び、リョーマの頬へと掌が添えられる。眩しいものでも見るかの様に細めれらた目に知らぬうちに微笑んでしまっている己の姿が見えて、考えていることはどうやら同じらしいと知った。
「…サボるか」
「アンタも、段々賢くなってきたよね」
「誰かさんの入れ知恵のせいだな」
あっさりとそう責任転嫁して瞼を下ろし、誘った手塚へと覆い被さる様にし乍ら細いその腰を抱き寄せてリョーマは顔を次第に近付けていった。
鍵の降ろされた生徒会室に響くのは無駄だと知らず、今日も悠長にチャイムは鳴り響く。
Which's wrong?
悪いのは君か僕か。そりゃ太らない手塚の方だ。
越前に滅法甘くてすいませーん
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