アンクルサム
















すごいな、と頭上から感嘆の声を漏らされて、リョーマは顔を上げた。
ベンチに腰掛けて爪先を強引に引っ張って靴下を脱いでいる自分のほぼ真上には、覗き込む様にして大石が立っている。彼の後ろには天井が見えた。

「何がっすか?」

引力に従って、足からは白い靴下がすぽんと軽快に抜ける。それをリョーマは一瞬だけ躊躇してから自分のラケットバックの中へと放った。
代わりに一片の汚れも無い真っ白な靴下を取り出す。

「いや、いきなりごめんな。くっきり出てるな、って思って」

そう言って、大石はリョーマの踝を指差し、大石の指先を辿ってリョーマもベンチの上に乗せた足を見下ろした。足首の少し上、そして足の両側面から大石の指摘通り、丸い凸部がそれぞれ浮き上がっている。
リョーマにとっては小さな頃からそこにその骨が浮き出ているのは当たり前のことだったものだから、然して不思議は無い。
寧ろ、それを珍しがる大石の方がリョーマには不思議で。彼の足下はどうなのだろうかと視線を下ろしてみるけれど、そこは靴下で覆われていて見えなかった。

だからふと、話題を変えた。

「くるぶし、って日本語でどう書くんすか?」
「日本語?」

日本語でどう書くのかと言われても、リョーマ自ら『くるぶし』と発言しているのだし、部位の名前を知らないわけではないのだろうに。
どういう意味の発言なのだろうかと、不思議そうに首を傾ける大石を見上げて、ああ、と何かに気付いた様にリョーマは声を上げ、そして気不味そうに額の辺りを掻いた。

「日本語、じゃなくて漢字」
「ああ」

大石もなるほど、と顔を緩めた。
リョーマにとって、日本語と漢字はほぼ同義なのだろう。漢字が記号にしか見えない、という海外の現地人に比べればまだ日本というものを知っている。

「くるぶしは……ええと、たしか足に果、じゃなかったかな」
「足に、カ?」
「果物のクダ、っていう字だよ」
「ああ、結果のカ」
「そうそう。その、カ」

飲み込みが早いどころか、凡例まで持ち出せる優秀な生徒に大石は笑顔でひとつ頷いた。
そんな上機嫌めいた臨時教師に対し、生徒に準じているリョーマは対照的に不可解そうに顔を傾げた。

「足の果物、って意味ッスか?」
「え?」
「足、に果実のカ、なんでしょ?くるぶし」
「あー………そうだな、そうなるな…」

漢字の偏、旁のそれぞれに意味があり、その意味を持って漢字が形成していることをリョーマは知っていた。そしてそれは少々、大石にとっては驚くべきだった。
帰国子女だから、と舐めてかかってはいけないのかもしれない。けれど、こちらは生まれた頃からこの国に住み、育ってきたのだから、ここは純日本人として教えてやるべきだな、と大石は強く感じた。

大石が必死に脳細胞をフル稼働させている間に、リョーマは真新しい靴下を両足に穿く。

「そう……、そうだな、きっと形が丸いし、足からにょきって生えてるみたいだから足に果物、なんじゃないかな」
「ああ、なるほど。それなら納得、ッスね」

さすが大石先輩、と口角を引き上げた笑みで小さな賞賛を受け、大石は得意な気持ちになった。日本人の努めを果たした、と晴れ晴れしい笑顔も思わず表情に出てしまう。

ベンチの脇に脱ぎ捨てていたスニーカーを爪先で手繰り寄せ、それに足を突っ込んでリョーマは立ち上がり、手にしていたキャップを目深に被った。



先輩で遊ぶのはこれくらいにして、さて、部活開始。足下も涼やかになったことだし。



部室の出口へと向かう足で、果実と言うのならばさぞや甘く美味いのだろう、と足首の左右に盛り上がっている己の踝を見下ろし、では今晩、手塚の果実で試し食いをしてみようとふと思い付いた。









寡黙な後輩がそんな悪戯を思い浮かべているとは知らず、晴れやかな笑顔で大石は「今日も頑張っていこう」とリョーマの背を押した。


















アンクルサム
翌日、手塚の踝には謎の歯形が。
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