oude zwarte ransel
















手塚が釣りから帰ると、家荒らしが邸内に居た。思わず、手塚はただ呆然と立ち尽くす。
そんな手塚の脇からひょこりと顔を出し、釣りに同行していた国晴は、あらら、とちょっと困った様に言葉を漏らし、肩を竦めて愛息を見上げた。

「賑やかだねえ」

どすん、ばたん。がたたん。
階上からはそんなけたたましい音が轟く。そして玄関先に積み上げられた数々の段ボール。
手塚の記憶違いで無ければ、それは二階の押し入れに仕舞われていたものだ。

「あ、部長。おかえりなさい」

階段の向こう側から、案の定の顔が覗いた。付け加えるかの様に「あ、国晴さんも。オカエリナサイ」と続けられる。

「……越前」

困らされるのはいつもの事。まだまだ悪戯が盛んなあの幼年では仕様がないと思いもするけれど、それだとしてもたった二つの年の差。
どう説き伏せれば、目の前の様な事態をこれ以上起こしてくれずに済むのだろう。

階上を見上げる柳眉を、厳めしく歪ませた。
けれど、相手はまるで怯んだ様子は見せず。

「大漁?」

そう、手塚へと今日の成果をにこやかに尋ねれば、まずまずだ、とぶっきらぼうに答えが返る。
手塚のその答えを聞いてから、リョーマはにんまりと口元を笑みで擡げ、両手を頭の上へと掲げた。

「こっちも、マズマズ」

頭上の手中には、黒いランドセルが収められていた。

あれ、懐かしいなあ、と後ろで零された父の言葉は、手塚には酷く他人事めいて発言されているようで、落胆させられるには充分だった。
悪戯坊主に妙な道具は与えてやるべきでは無いというのに。
















「…それは、連れていってやらなかった俺への嫌がらせか?」

荷解きを終え、場所は変わって手塚の自室。
ほぼ部屋の中央で、持って上がってきたグラスに口をひとつ付けてから、手塚はそれはそれは何とも不愉快そうにそう言った。
目の前では、漁の成果であるランドセルを背負って無邪気に笑ってみせるリョーマが居た。

先程から、彼は手塚が6年間愛用していたそれを背負って下ろそうとする気配を見せない。

「別に?他意は無いけど」
「…嘘吐け」
「ウソじゃないって」

ただ珍しいから。
そう言ってリョーマもよく冷えた麦茶を啜った。
「珍しい?」手塚は首をことりと傾げた。それへとひとつ、リョーマは大きく頷いてみせる。

「お前も去年まで背負ってただろう?」

1年前までの実用していたものが珍しいとは、とんだ健忘症だと、手塚が訝しんで不思議そうな顔をしてみせれば、リョーマが呆れたらしい溜息を落とした。

「部長さ、オレの基本スペック忘れてない?痴呆だって言うならオレじゃなくてアンタだと思うけど?」
「基本スペック?」
「アメリカ、ジュニア大会4連続優勝の天才少年」
「天才は不二の異名だろう」

本気で言っているのか、それとも揶ってそう言っているのか、表情を崩さない手塚の顔からはそれが判断でき兼ねる。
リョーマは、厭わしそうに目を細めた。

「オレも過去はそう呼ばれてたの。最近、みんな忘れがちだけどね」

あっという間に出来上がった仏頂面の少年を正面に置き乍ら、そういえばそうだったな、と言わんばかり、手塚は目線を天井へと向けた。何かを思い出す時にしてしまう人間の癖。
今や彼の肩書きは”脅威の青学ルーキー”と云ったところ。随分と、日本でも名前が浸透してきたに違いない。中学テニス界、という括弧付きだけれど。

「それで? 基本スペックがどう関係しているんだ?」
「オレ、小学校の時もテニスバッグ通学だったもん。わかる?アメリカじゃランドセル、っていう常識は無いの」

漸く突き付けられた解答に、手塚は唯一言、「ああ」とだけ言葉を漏らす。それで”珍しい”という発言が飛び出したのかと、容易く納得できた。

「オレの行ってたとこじゃ、テキストなんかは学校が貸してくれたから、みんな手ぶらだったし。オレは今と同じスタイルだったけど」

つまりは、テニスバッグひとつで登下校。
随分と気楽なものなのだな、と手塚は海を隔てた国の様子を思い浮かべた。流石、自由の国、と云う異名で世間に通じている国だけはある。
忘れ物なんて、気にしなくて良いのだ。毎日忘れ物が無いかチェックする日本の小学生が知れば、羨望の思いを抱くこと請け合いだ。

「…なんなら、持って帰るか?」

それを。
そう言って、リョーマの背に担がれているものを指差すが、下ろす気配を見せない癖にリョーマは

「いらない」

と即答した。
てっきり、気に入ったから、目の前で今、背負ったままだと思っていたのに。
手塚としても、置いておいても押し入れの肥やし以外になりようがないそれが”捨てる”では無い処理法として報われるかと思っただけに、ちょっとばかり残念そうな顔をしてみせた。

「こんなの背負って歩いてたら笑われるって。オレって素敵に男前だから」
「……………」
「なに、なんなの。その文句有り気な顔は。ブサイクでヘタレだとでも言う気?オレに向かって」
「いや、そこまでは言いはしないが……………」

時々はヘタレだろう。殊、対手塚とすれば。

「……まあ、いいか。小学生然としたお前は犯罪くさいが―――――」
「小学生然としたオレと恋愛してるアンタのが犯罪者だよ。見た目20代だし」

手塚の言葉に、太々しい声と態度でリョーマが口を挟む。
こほん、と小さく咳をしてそれは交わすとして。

「…………犯罪くさい、が。いいんじゃないか?そんなお前も」

俺は好きだな。
けろりとそう言葉を続けた手塚を前に、リョーマは啜っていたグラスから口を離し、床へと静かに置いた。

「ランドセルに詰めて帰っていい?」

言うまでもなく、そんな可愛らしい事を発言する手塚を。

「俺がお前くらい小さかったなら、それも叶っただろうがな。生憎と体格も外見も中学生離れしているからな、俺は」
「ごめん、見た目20代ってのは撤回するから。入れ、この中に」

揚げ足を取って浮かれた様子なんて、増々、リョーマの心臓を強く鷲掴む要素にしかならない。
我知らず、リョーマは手塚へと身を乗り出していた。
質悪く、にまりと口角を上げる手塚の顔とぶつかっても、躙り寄る膝は止められない。

「お持ち帰りは厳禁です、お客様」
「じゃあ、店内でお召し上がりで」
「それならまあ、許可してやらんでもない。ソレ、を下ろしてくれるならな」

左手で距離を詰めてくるリョーマの右膝を撫でつつ、右手で彼の背中に背負われた過去の愛用品を指しつつ。

命じられるままに、リョーマは背に担いでいたものを下ろし、我慢の限界、とでもばかり勢いで手塚の唇を攫った。





数年前まで身に付けていた子供の印を足下に放ったままで、そのまま、大人の遊びに耽る。

















oude zwarte ransel
古くて黒いランドセル。なんちゃってオランダ語です。オンライン辞書大活躍です。そんなタイトルです。
ランドセル背負った越前が存在していなかったことこそ大罪だとわたしは主張します。勿体な……!!!!!
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