「ねえ、部長の大切なものってナニ?」
週課ともいうのかな、毎週土曜の逢瀬、情事の翌朝、部長の隣で漸く覚醒した俺は唐突に口を開いた。
「なんだ、いきなり」
「なんでもいいじゃん。ねえ、ナニ?」
部長は呆れた顔で嘆息と共にずり落ちてきた眼鏡を正しい位置に指で押し上げる。
「じゃあ、越前の大切な物はなんだ?
答えたら、俺も言ってやる」
「オレ?オレの大切なモノは部長だよ」
質問にあっけらかんと答える。
だって、それ以外に考えらんないよ。
家族よりもテニスよりも、何よりもアンタが大切。
一瞬、理解できなかったのか、部長が怪訝な顔をしているから、オレは腕を伸ばした
する、と部長の眼鏡を外して、甘い、今日 初めてのキスをした。
浅く、唇が触れるだけの、キス
目の前に、部長の顔がある。
薄い朝日に映える睫が一重のすっきりとした目元を彩っていた。
「きれい」
唇が離れて開口一番に俺はそう言い放った
「何がだ?」
「部長が」
またもオレは飄々と答えてやる。
「なんだ、目を開けてたのか?瞑ってると思っていた」
「・・・まあ、ね」
オレは言葉を濁す。
まさか、いつも部長とのキスの時は目を瞑った振りをして、顔を見ているなんて言えない。
見蕩ちゃうんだよね。
深く瞑った瞼とか、通った鼻筋とか、長い睫毛とか。何もかも綺麗すぎて。
「ねえ、オレの答えは言ったでしょ。部長の、答えは?」
「聞いて、どうするつもりなんだ」
溜息まじりに呟いたのをオレは聞かなかった振りをして、ねえ、早く、と先を促す。
一息、オレにも聞こえるようにか、大きく肩で溜息をついてから部長は答えた。
「俺自身だ」
と。
呆けたような表情をオレはしてたんだと思う。
それが、どんどん顰めっ面に変わって行く。
っていうか、オレ、じゃないの??
期待してたのに。
「あんたって、ナルシストだったっけ?」
「そういう意味じゃない」
少々、声が上ずっている俺に部長は間髪入れずに答える。
「じゃあ、どういう意味さ?」
やっぱり意味がわかんなくて、一層不思議そうな顔をして、オレは部長の顔を覗き込む。
隙あらばキスしてやる。
「俺がいなくなったら、越前、お前はどうする?」
「さびしくって死んじゃうかもね」
これは、きっと本当。
「オレにあんた以外のいい人なんて見つかんないよ」
「だろう。
同時に、俺の家族、友人達も俺がいなくなったり、傷付いたりすることは望んでいない。
いなくなったり、傷付いたりすれば、悲しがらせるだけだ。
俺もいなくなったらお前を愛してやれない。
だから、俺は自分自身が何よりも大切なんだ。」
話の最後には部長の瞼に唇を寄せる。
部長はそれを眩しそうに瞼を伏せて受け止めた。
なんて、嬉しいこと言ってくれるんだか。
すぐに唇を離して、息が部長にかかるだろう距離で俺は口を開いた。
「そうだね。オレも部長がいないとヤだ。
ずっと、オレの隣にいてね。オレも、守るから」
そう、オレが、アンタを守るから。
アンタはいらないって言うかもしれないけど。
早く、おっきくなって、アンタの背も追い抜かすから。
そう言って、本日2度目になる唇へのキスを、今度は深く、求めた。
部長のしなやかなその首に腕を絡めた。ここはいつだってオレの場所。
いつだって、オレを誘う項。
部長も、応えてオレの首と背に腕をまわす。
二人の間から零れた唾液が部長の顎を伝っていく。
長い、長いキス。
窒息しそうになるくらいな。唇を甘噛みし、歯列をなぞり、上顎を舐めて、漸くオレの舌が部長の舌に触れたから、甘く絡め、強く吸ったりして、部長を求める。
「誘ってるのか?」
漸く唇が離れた後、部長が呟いた。
オレは部長の顎を流れる唾液に舌を這わす。
「まさか。あんたがオレの誘いに乗ってくれるなんて思ってないよ。
っていうか、オレはいつでも誘ってるつもりなんだけどね」
「そうだったのか」
まるで気付かなかった。という顔を部長はした。
ううん、気付いてないと実は思ってたよ。
「すまんな」
「そこ、あやまるとこじゃないよ」
まったく、変なとこで謝るんだから。
謝るより、笑っててよ。
オレは可笑しくて口の端を上げて笑う。
「オレ、本当にあんたが好きだよ」
「わかってるつもりだ。だから、俺は俺を大切にしてるんだろうが」
今度は部長からオレの口の端にキスをくらう。
・・・誘ってんの?いいじゃん、のってあげるよ。
「素直じゃないね、あんたも。遠回しに俺が大切なんじゃん」
お互い軽く微笑みあって、今日、3度目の、とびきりの、キス。