secret (maybe)
偶然廊下でばったり出逢った保健医に、どういう理屈なのだから知らないが命じられてしまった荷物を両手で抱え、リョーマは廊下を歩いていた。
このまま、真っ直ぐ行けば、目的地。もう視界の中に、壁からにょきりと生えた保健室のプラカードは見えている。
俄に顔が知られていることも、いい事ばかりではない。
御陰で、こんにちは越前君、と非常に気さくに話しかけられてこのザマだ。
辿り着いた扉を、塞がっている手の代わりに足でガラリと開ける。
保健室独特の消毒液の香りに、やや顔を顰め、社交辞令程度に失礼しますと声をかける。この部屋を司っている教師は自分に荷物を預けて颯々と職員室へと帰ったけれど。
机の上に頼まれていた荷物をどさりと置いて、一、二度リョーマは腕を回した。何が入っているのだか知らないけれど、小振りな箱は矢鱈と重かった。
ストレッチ代わりのそれをし終わって、ふと、リョーマは室内に視線を巡らせた。
休んでいる生徒がいるのか、部屋の隅に安置されているベッドのうち、1つだけがカーテンで周囲を閉め切られていた。
「…………」
薄手の白いカーテンの向こうに何かを感じ、リョーマはすたすたとそちらに向かった。そして、無遠慮にカーテンの間を縫って侵入し、中で眠る人間が、頭まですっぽりと被っていた布団をゆっくりと剥いだ。
布団を捲り上げるその手には、見知らぬ生徒かもしれない、という臆したところはなかった。高確率、否、絶対の自信を握り締めていた。
「…やっぱり」
言葉と共に漏れ出る苦笑は、自分に向けて。
こういう時は、いつも以上に勘がするどい。何かセンサーでも付いているんじゃないかと、己の体と、相手の体の仕組みとをふと疑ってしまう。
ゆっくりとしたリズムで寝息を立てる横顔は、並々ならぬ愛情を注いでいる唯一の恋人。
「あ、起きた」
手塚の聴覚が目覚め一番に捉えたのは、リョーマのその声。
続いて持ち上げる目蓋の奥の資格が捉えたものは、リョーマが頬杖を付いてこちらを見下ろしている姿。
そして、聴覚よりも視覚よりも早く、触覚がリョーマからのナニカを捉えていた。
何度か瞬きをして、身を起こした後、手塚は反射的に自分の唇を指で撫ぜた。
五感の内、一番早く、何かに反応した名残がそこにはあった。輪郭を持った瞭然としたものではなかったけれど。
二、三度、指の腹を唇の上で往復させて、横目で手塚はリョーマを伺う。
そこには、にんまりと笑う小生意気な顔があった。
「お前、まさか…」
「あれ、気付いた?キスで目が覚めるなんて、どこかのお伽話のお姫様みたいだね」
ああ、やはり、と唇に指で触れたまま、手塚は溜息を零す。
「大胆不敵だな。こんな場所で」
「こんな場所だけど、今は誰もいないから」
相手はえへへと笑ったままなものだから、窘め程度に手塚はその額をコツリと小突いた。
それでも、リョーマは笑みを引っ込めたりはしないけれど。
「にしても、いいよね、ここ」
「ん?」
枕元に置いておいた眼鏡をかける手塚の脇、ベッドの縁に腰かけてリョーマはきょろきょろと辺りを見回す。
仕切られたカーテンばかりが、前後も左右にも見えるばかり。それらから視線をまた手塚に戻して、リョーマは口端を擡げる。体も、手塚の方へとやや倒して。
「外界から隔離、って感じで。学校の中なのにさ」
コウイウコトも、やりたい放題じゃない?
不敵な笑顔が、途端に距離を詰めて、手塚のシャツのボタンに手をかける。直ぐに、手塚自身によって叩き落とされたけれど。
「いつ、誰が来るとも知れない場所ではする気にはならんな」
「そのスリル感がいいんじゃない。部長も、まだまだ解ってないね」
さも、自分の方が大人だとばかりのその余裕の笑みが何だか癪に触る。
負けず嫌いのスイッチがカチリと機械的な音をさせて入った。
「…そこまでの行為に及ぶまでの肝はまだまだ据わっていないかもしれんが、」
こちらへと距離を詰めていたリョーマの首に腕を絡めて、ベッドの中へと引き摺り込む。咄嗟の事に、リョーマも小さく声を漏らした。
相手に多少なりとも吃驚を与えられた優越感に浸り、そのままのペースで唇を奪い返してやる。
「こういう行為までなら、及ぶ肝は据わっている」
「上等。そうこなくっちゃ」
カーテンに周囲を囲まれ、更に消毒液の匂いが染み付いた掛け布団に外界とは遮断されたその裡で、互いの限界値まで、キスを貪った。
「お盛んだねぇ」
白い密室の外で、この部屋の主がいつの間にか帰ってきている事に気付かないくらいに、無我夢中に。
secret (maybe)
ヒメゴト。多分の括弧付き。
先生、それでいいんですか。
保健医って結構ざっくばらんなタイプが多くないですか?わたしが通ってきた学校だけか…?
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