Whichsm
















「怒らないから言ってみなさい」

それはそれは中学生レベルでできない様な厳めしい顔でそんな事を言われても、素直に従う馬鹿はいない。
壁際にまで追いつめられたリョーマは冷や汗をとっぷりと額にかきながらそう思わざるを得ない。

その台詞はまるで「叱ってやるから白状しろ」と言っているようなもので。
本当に吐かせてみたいなら、もっと言葉を選ぶべきだと思う。他人がそれは違うだろうと指摘したって、リョーマはそう思うのだ。
しかも微妙に敬語なのが凄くイヤな感じだし、長躯の利を活かして上から物を言うその態度も気に食わない。

「ヤダ」

だから、劣勢に立たされていてもリョーマはそうやって抗議の声を上げ、頑として応じてやったりはしない。
怒り顔が恐ろしく怖い人間に、何を好き好んで怒られたいなんて願望を抱くものか。
生憎と、リョーマは”そっち側”の性癖は持ち合わせていない。どちらかと言えば手塚の方がそういった成分は含蓄されているとリョーマは睨んでいる。

反抗的な目と声をしてみせるリョーマに、ただでさえ苛立った表情を見せていた手塚の形相がますます酷くなる。
いつもは恐ろしい程、冷静な素振りをしている癖に、ふとしたこんな隙に一気に表情が崩れる。眉間に刻まれる縦皺はくっきりと濃くなっていくし、睨んでいるせいなのか目頭の辺りにも小さな皺が寄る。ぴりぴりとした空気は間近に迫ってこちらをひやひやとさせるし、実際、対峙したリョーマはかきたくも無い汗を滲ませてしまっている。

どうしてそんなに怒るのか、と言われれば勿論、それはリョーマの方に非がある訳で。
それはリョーマ側も勘付いていることなのだけれど、怒られることなんて――先述の通り、――好かない。

第一、その顔が気に入らない。
この自分相手に優勢な相手が憎らしくて、リョーマはぎりりとつい奥歯を噛み締めた。

「怒った顔が可愛い、なんて、そんなこと言ってやんないんだから」

後ろ手に突いた壁からはこちらの喧噪なんてまるでお構い無しなひんやりとした感触。無機質なコンクリートなのだから仕方が無い。
そんな無機質な表情がふと手塚に宿る。
それまでは憤怒の顔色だったのだから、宿る、と言うより手塚という人間としては、一時として感情が元通りに抑えられた、とも言い換えられる。
ふと怒りを忘れる程、それ程にリョーマの発言は手塚からすれば突拍子が無いもので。

何せ、話がまるで噛み合っていない。

「可愛いとか可愛くないとかの話じゃない」

言いかけてやめた事の続きを話せと言っているだけで。
顔色の話なんて手塚はしていない。

それでも、リョーマの中では手塚の中とは違って話が噛み合っているのか、

「ウソは嫌い」

獣が敵に対して唸り声を上げているかの様なこまっしゃくれた顔でそう言い放つものだから、ひくりと手塚の顳かみは疼く。

「誰が嘘なんて吐いた」
「今。部長が。怒らないから、なんて絶対ウソじゃん」
「額面通りに人の言葉を受け取れ」

怒らないから。
そう手塚は渋面で繰り返してみるのだけれど「ウソツキ」そう言ってリョーマは壁に突いた手をバネにして手塚の脇を素早く擦り抜け、あろう事か脱兎と化した。

「っの…!」

当然、取り逃がした側の手塚にも火が点いて、猛然とリョーマの後を追う。

50m走6.1秒の足は伊達では無い。どうしてその足の長さでその速さが出るのか甚だ不思議である上、生意気にもスタミナが備わっているものだから、そのスピードは留まるところを知らない。
距離が開いていく訳では無いが、縮まっていくものでもない。もどかしいその距離間に手塚は思わず舌打つ。

「追ってくんな!」

やはりまだまだ余裕があるのか、振り返り様にリョーマが叫ぶものだから、

手塚はその場に止まってみた。

思いきった行動だっただけに、それは十二分な程リョーマの意外性を刺激し、手塚から数メートルの間を置いたところでリョーマも足を止めた。
軽く肩を弾ませながら、唖然とした顔でリョーマは後方に佇む手塚を注視し続ける。

「何やってんの…?」
「追うなと言うから、追っていない」

そう答える手塚の息も僅かに上がってはいる。顔色はまだ怒りが尾を引いているらしく少々険しい。
そんな手塚を数メートル後ろに置き乍ら、明ら様にリョーマは顔色を歪に変えた。手塚が先刻そうだった様に、話が噛み合ないと感じるのはリョーマの番だった。
否、話は噛み合っていると言えば噛み合っているのだけれど、腑に落ちないと言うのか。

「お前と俺と、どっちが素直だ?」

追うなと言われて追わない手塚と、怒らないから言えと言って言わないリョーマと。
答えの解りやすい簡単な二択を少し離れた場所で手塚は挑発的な調子でリョーマへと放り投げる。リョーマにだとて理解できる単純な問いだ。
けれど、解りやすいだけに、リョーマには歯痒いものがあったものだから、

結果、

「ホントに怒んない…?」

苦虫を噛み潰した様な顔で身構えるのだった。


















Whichsm
読み方としてはウィチズム。
越前が何を言いかけてやめたのか、は、えーと……えーと…………丸投げして皆様におまかせします★ まあ、でも越前は基本素直な良いオノコですよきっと
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