君を忘却
















あ、消しといて
そんなあ!それは無いでしょリョーマ!久々にかけてきたと思ったらなにそれ!?

携帯からオレのメモリ消しといてだなんて。受話器向こう、そして海の向こうにいる元ガールフレンドは金切り声でそう叫ぶ。
けれど、返すリョーマの声音はそれはそれはフラットなもので。

なんだっていいから。消しといて、ね?
いやよぅ。だってリョーマの番号消すなんて勿体ないじゃない
いいから。消せっつってんの。しばらく会わないうちに英語理解できなくなった?
でもー……

尚も愚図っては了承しようとしない彼女にほとほと呆れて、わざとらしく電話口でリョーマは大きな溜息を落としてみせる。きっと海を越え電波を伝い、ブルネットの彼女にも伝わっていることだろう。

…じゃあ、いいよ。ビルジットが消さないって言うんならこっちから着拒にするだけだから
えっ!?ちょ、ちょっと、リョー…

プツン、と一方的にリョーマは彼女の声を遮断した。それから項垂れてまた溜息を零す。
そんな俯いたリョーマの前髪をわざわざ掻き上げて額に触れてくる唇がひとつ。前髪に絡んだその手を取って、手の甲にキスを仕返すリョーマは少しばかり困った顔色で。

真向かいに座した手塚をくるりと瞳を回して見上げた。

「嫉妬深い子はあんまり好きじゃなかった筈なんだけどね」

”向こう”のガールフレンドの携帯メモリから越前リョーマの名を一掃させろだなんて。そんな命令、横暴としか形容できない。
けれど、何の権力があって、とリョーマがその勅命に憤りを覚えることは欠片も無くて。

偉そうな顔をして、寧ろそうして当然とばかりの傲慢さは愉快ですらある。

「残りは?」
「まだまだいるよ。次はブロンドが綺麗なキャロライン。目の色がピーコックブルーの素敵な子」

捕らえた手の甲に思う存分、唇を滑らせ乍らもう一方の空いた手でリョーマは器用に携帯電話のボタンを操作する。
まだイニシャルがC迄だから、この先は本当にまだまだ長い。メールで一斉に文言を飛ばせば話は簡単なのだろうけれど、手塚曰く、

「最後の慰みに声ぐらい聞かせてやれ」

とのお達し。
その台詞を吐いた時の手塚の何と優越感に浸った顔だったことか。非常に意地が悪そうな飛切りの憎らしい玉貌であった。

「金髪碧眼美女と俺と、どっちを手中に収めておきたい」

そう囁く声と吐息に輪郭をなぞられ、剰え手塚は片腕を回してリョーマに撓垂れるものだから、

「部長」

リョーマにはそちらの選択肢しか残されていない。
元より、そんなに関係が深い少女では無い。こう言っては何なのだけれど、繋がりを切ったところでまるで日常に支障は来さない。

ボタンひとつで受話口からコール音が聞こえ始める。いつだって彼女はコール音が1回鳴る内に出た。そして今回も漏れなく

ハロー?

ハスキーさのある声で彼女は1回のコール音の内で電話に出た。変わらぬ彼女の生真面目さにリョーマは苦笑を禁じ得ない。
そんな間も、手塚はリョーマに絡み付いて顳かみの辺りを唇で擦って惑わす真似をしてみせていた。今更、流暢な英語に感歎する様な性格はしていない。

久しぶり
リョーマ!本当に久しぶりね。どう?元気にしてるの?
何とかね。あのさ、キャル、突然なんだけどオレの携帯の番号とかメアドとかってメモリに入ってるよね?

電話向こうではことりと首を傾げる様な訝しんだ空気がした。

勿論よ。何せリョーマのだもの、消すわけないじゃない

珍重されているらしいその口振りが、自分の人気っぷりを比例していて、ひとつふたつと先程から消えていっている彼女らのデータをリョーマは改めて勿体無いと少しばかり思う。
中には将来プロデビューした暁にスポンサーとなってくれそうな御令嬢も居るというのに。

そんな貴重種もやはり同様なのだろうか、と耳に電話を宛てがったままリョーマが絡み付く手塚へと視線で窺ってみれば、無情で非情な男はけろりと、けれど妙に艶っぽく口を開くのだ。

「消せ」

辛辣なその二文字を。
逆らえないなあ、と手に負えなさをその仰せに痛感して、苦笑う顔でリョーマは肩を竦めすぐ間近にある手塚の口元を掠めて会話に戻った。

それ、消しといて
え?

驚くのも詮無い事。自分が逆の立場でも同じ反応に違いない。
それでも、文字通り全身に絡み付いてくる誘惑の塊に抗えるとはリョーマも思っていない。寧ろ、飲まれる気満々だ。

だから、オレのデータ、メモリから消しといてもらえる?
どうして?リョーマ、携帯持たなくなるの?それなら家電の番号教えてよ
そうじゃなくて。もう連絡は取らないし、取ってこないでってこと

そうしないと手塚が関係は御破算にすると脅す。
金髪美女よりグラマラスボディより、何を置いても手塚。無茶苦茶な発言をかまされたって手塚が最優先事項。
そんな彼は今、先程非情な命令を下した耳の後ろから辿って項の辺りにまで唇を滑らせ、襟足をねっとりと指で掻き上げたりして、リョーマを唆しているのだか己の愉しみに耽っているのか判断し難いことに勤しんでいる。

用件はそれだけ。それじゃあよろしくね
リョーマ、せめて理由くらい――

プツッ

電話を切った後は必ず溜息。
決して嫌いになった訳では無く、女王様な恋人を選んでしまったことを勘付いてくれればリョーマとしても救われるのだけれど。

「ほら、後が控えてるぞ。ちゃきちゃき働け」
「イエスサー」

まだ捕まえたままだった指を一本、口に咥えつつ、リョーマは再び携帯電話の液晶画面に視線を落とす。
次は、名前通り甘い笑みを浮かべるのが得意だったシャルロット嬢。



















君を忘却
無茶苦茶です。暴君の域とか嫉妬深いとかのレベルを逸脱。

戻る
indexへ