廻り廻って辿り着く先
















「"適当にちゃちゃっと"さ」

それは数日前に自分が口にした台詞だと、リョーマははっきりと記憶していた。
過日にあった台詞を口にする手塚はどこか底意地が悪そうな気配を滲ませる顔をしてリョーマへと一歩詰め寄る。反射的にリョーマの身が退けた。



リョーマがそれを口にしたのは数日前の晩。
週末。家人はもう眠りも深くに入った頃。部屋には二人きり。その日は愛猫は彼なりに気でも使ったのか、リョーマの両親が眠る部屋で眠っていた。
部屋に転がっているカードゲームをしてみたり、一人がテレビに見入っている間にもう一人は本を読んでいたり。ふとした合間に談笑と言う程華やかなでは無くもぽつぽつと何かを話したり。
何をしていたかと問われればそんなところで、他愛も無いことを長々としていたら時刻が過ぎてしまっていたに過ぎない。
何せ、大人達は眠ってしまっているものだから、誰も室内の二人に注意勧告なんて出来ようもなかった。

そうして遅い時刻になれば、本来ならば睡魔がやってくる筈。その自然の理は、案の定というか大方の予想通り、リョーマの方へと先に訪れた。
始めは、手塚から奪ったクラッシックなペーパーバックを枕に埋め、ベッドへと横になりながら頬杖を突いて文字を追っていたのだけれど、重量を増した瞼がちらり、ちらりと視界を時折遮断し、ものの数分も経たない頃には、視界が遮断される時間が長くなった。

それでも、部屋の明かりが点いたままなせいなのか、リョーマは完全に眠りへ落ちることは無く、ただ睡魔に手招かれては現実世界へと戻る、という微睡みの界隈を歩かされていた。

頼りなく瞼の開閉が繰り返される中、一際長く瞼を閉じてしまい、精いっぱいの力でそれを開けば、それまで目の前に広がっていた活字の群れやシーツの布地に交じって視界の端でベッドに乗り上がってくる手塚の足が見えた。
縁に両膝が乗れば、重さに傾いたベッドの骨組みが僅かな軋みを上げる。
そのまま手塚が膝を摺るようにして静かに近寄ってくる様を、夢と現の挟間にあったリョーマはただぼんやりと眺めた。

きし、きし、と鳴るベッドの終わりには、手塚の顔が真上に来る。垂れ下がる前髪の向こうからじっと見詰められてもリョーマはまだ夢心地であったのだけれど、その顔がゆったりと下降してきて目尻にキスを落とされたところで現に帰り至った。
帰り至ったと云えど、頭の隅はどこか靄がかかった状態であることは捨てきれなかったものだから、自発的には動けず。結局、眦に押し付けられた唇は頬にまで移ってリョーマに何かを訴えていた。

訴えかけられていることは幾らこの時のリョーマでも容易くわかる。何せ、今日は”週末”で、”家人はもう眠りも深くに入った頃”で、部屋は完全に”二人きり”なのだから。

手塚の下で体を起こし、緩慢な動作で自分の代わりに手塚をシーツに埋めれば、期待に昂るのか手塚は腕を伸ばしてリョーマの首に絡めた。その腕も既に熱を孕んでいた。
その腕に引き寄せられるままにリョーマも手塚の首筋へと舌を這わせるのだけれど、肥大した睡眠欲はかなりのものであったらしく、途中、意識が飛びそうになる。

それ故であったのだけれど、

「今日は、適当にちゃちゃっと、でもいい?」

そんな軽卒な発言がリョーマの口から飛び出した。
その時、完全なる据え膳は鮮やかな程に蹴り倒されたのだった。



それが数日前。そして話は冒頭に戻る。
明らかに、手塚の目の色はあの日のことをまだ根にもっている色をしていた。
そんな目で見据えられて、リョーマがあの時を後悔しないわけがない。何せ、今飢えて求めているのはリョーマの側なのだから。
後悔先に立たず、と先人はよく言ったものである。

濃厚にこの夜を過ごしたいのに、繰り返すキスは1、2度で手塚が拒み始めた。
もういいから早くしろ、と敢えて冷たい調子で手塚は口に出す。まいった、とリョーマは内心で思うのだけれど、本日の彼は頑として初志貫徹するつもりらしく。
何をどうしたら快方へ転じられるだろうかと頭を悩ませつつリョーマは物悲しい行為に耽っていった。

かの人々が言うには、因果応報とも。


















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突っ込んだまま眠っちゃったら悪い、とかその時の越前さんは思ったからだったとかそうじゃないとか。
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