In-Law
















「おぅ、おぅおぅ、おう、おーおー、やれるもんならやってみろよ」
「…何もやりません」

あがった先の縁側で、手塚は絡んできた南次郎に畏まって答えた。
絡まれているとはいえ、手塚が何をしたという訳では無く。何もしていないところを南次郎視点で何かしたと敢えて掘り出すならば、それはリョーマと外へ遊びに行く約束をし、その迎えに来た、ということだけで。

因みに、当のリョーマはと言えば、手塚が来てから起床したものだから只今風呂場に消えていて、彼がやってくるのを縁側――日当たりがいいから、というだけの理由でリョーマに通された――で待たされる羽目になり、その結果として縁側にやってきた南次郎に発見されそして何もしていないのに喧嘩を売られている、という現況にある。

開け放された縁側の外に広がる空は手塚の心模様を映した様に遠くから重い雲がじわじわと近付いてきていた。
つい先程まで綺麗に晴れ渡っていたのに。

「おーおー、いくら若くて男前だからってな、うちのリョーマを連れ出させる訳にはいかねえんだよ」
「…いや、あの、お父さん、今日出かけようと言い出したのは越ぜ…越前君の方で……」
「どこの馬の骨とも知らない奴にお父さん呼ばわりされる覚えはねェんだよっ」

恐らく縁側で読もうとしていたのだろう新聞紙で横っ面を軽く小突かれ、脊髄反射でそれを掴んで止めた。

「お?やっぱやる気だな、あんた」
「やりません。やりませんよ…」

にっ、と歯を剥き出して笑う南次郎のペースに飲まれてはいけない。
ゆっくりと手を離す。

「落ち着いてください、お父さん」
「だ・か・ら、お前の口で”お父さん”なんて呼ばれる筋合いは無いってんだよっ!リョーマですら呼ばねえってのに呼ぶな呼ぶな。あー気持ち悪い」

南次郎のその発言に、ふ、とではリョーマは何と呼んでいるのか気になった。
手塚は実父のことは”父さん”と呼んでいるものだから、それが社会通念というものだとばかり思っていたのかもしれない。

やはりアメリカ帰りだから、パパ、なのだろうか。
そう考えつつも、リョーマは何と呼んでいるかそれとなく南次郎へ尋ねれば、

「親父って呼んでるぜ、あいつは。あ、だからってな、お前まで親父って呼ぶなよ!?」

それこそもっと気持ちが悪い、と肝でも冷やした様に南次郎はぶるぶると震えてみせた。
そんな越前父とは裏腹に、手塚はことりと首を傾げた。

「親父?」
「だから、呼ぶなっつーの!父親を父親とも思ってねえノリよ、あいつは。ばーっちり、俺の遺伝子を受け継いでるのによ」
「…と、言いますと?」
「ほら、オットコ前ぶりっとかな。多分、”タラシ”なとこも似てるな、あいつは。そういう目だ」

息子に対して何と偏見の眼差しなのだろうかと、辟易しかねないが、漢字にすれば”誑し”とも書くその素養は確実に根付いているな、と手塚は苦笑いの端で納得したり。

「父親を父親とも思ってない、とおっしゃいましたが、お父さん」
「だから、だからな?兄ちゃん、そうやって気安く”オトウサン”って呼ばないの。何遍言ったらわかるの。ん?こら」

突っ掛かる南次郎など何のその。お得意のポーカーフェイスで擦り抜けて手塚は南次郎へと向き直った。

「”親父”は尊敬語だということを御存知ですか」
「はィ?」
「だからですね、”親父”という呼び方は尊敬語の一種なんです。若しくは自分の父親を親しんで呼ぶ言葉」

年の割に落ち着き払った態度や顔色、そして声色のせいかもしれない。手塚が話をすると妙に説得力がある様に聞こえる。
たとえ、それがニュースソースの無い手塚の感想や意見であったとしても。この時は”記憶の片隅にあった雑学”であったから、恐らく出典はいつかどこかで読んだ本だったりしたのだろう。

そんな手塚の発言なものだから、南次郎は一瞬で信じ込んだらしく、先程とは打って変わって、嬉しそうに目の色を爛々と変え、正座で縁側に座する手塚の隣へと腰を下ろした。

「あんた、名前は何ていうんだ」
「手塚、と申します」

軽く会釈も交えてそう返す手塚が、その時の南次郎には実に好青年の態として映っていた。捉える印象でこうも変わるものかと内心で手塚が呆れている間にも、南次郎は身を乗り出して手塚を輝々とした目で見る。

「手塚君、じゃあ母親に親しみを込めて呼ぶ言葉は”おふくろ”かい?」
「ええ。御明察です」
「”母さん”、より”親父”の方が好きのレベルは高いってわけだよな?それでいくと」
「そう、ですね。そういうことになるんじゃないでしょうか」

まあ論理でいくとそうなるのが自然だろう。
この時は単なる手塚の”意見”でしか無かったのだけれど、それは先述した手塚の無意識での技のせいで南次郎が完全に”父親”>”母親”と思い込むには充分な後押しだった。

「リョーマのやつ、母親のことは”母さん”って呼ぶんだけどよ、そうかそうか、それってつまり、母さんより俺のが大好きってことになるんだな!」

手塚の背を盛大に叩き乍ら、がはははは、と南次郎は豪快に笑った。心の底から嬉しいらしい。
上機嫌らしい南次郎に叩かれ続け乍らも、手塚としては一難去った、と安堵を覚える瞬間で。元プロテニスプレイヤーの平手なものだから、その威力は少しばかり背中が痛いけれど、難癖を付けて絡まれるよりはまだ幾らかマシで。

遠くからやってきた黒雲の群れも進路を変え、再び遠くへと遠ざかっていく。今日の空はどこまでも手塚とシンクロしていた。




そして、一風呂浴び終わったリョーマが縁側へと向かえば、そこには茶菓子を山盛り積まれて大歓迎を受けている手塚の姿があって、どうやってあの馬鹿親、基、親バカに取り入ったのかと首を傾げたのだった。


















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嫁舅戦争。ゲームセットウォンバイ嫁
親父、お袋が尊敬語ってのはうちの姉が出典です。どこかの本で読んだらしい。貶す言葉ではないのだよ、ということだけどうぞ御記憶下さいな。
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