愛情適齢期
















「どう?」

もうそろそろ。リョーマは手塚に伺いを一言でたてた後、そう続けた。
そして、間にある机上に乗った小箱を人差し指でコツリと弾く様にして小突いた。掌に乗る程度だろうその箱は白い包みでラッピングされ、鮮やかな色のリボンがシンプルにかけてある。
大きさからして、思い当たるものはひとつしかない。ラッピング具合も明らかに貴金属店のそれ。

「指輪、か?」

その中身は。
溜息混じりに漏らす手塚の眉間辺りをじいっと眺め乍らリョーマは肯定してみせた。
ただ、そんな大袈裟な意味では無いということをその後に含ませて。

「もう付き合って何年になると思ってんの?オレ達」
「付き合う年数で決めるものなのか?そういうことは」

どうにもこうにもさっきから――この白い箱を取り出してから、手塚の機嫌は宜しくない。声音もどこか低いし、リョーマが見据える彼の眉間にも浅いながら縦皺も入っている。只々、不機嫌そうなその顔で眼下の小箱を睨むばかり。
普通、こういう時って喜ぶもんなんじゃないだろうか、とリョーマなどは思うのだけれど。
返す彼の言葉もどこか反抗的。

「そういうわけじゃないけど……」

いつでも隣に居たいと思い始めるのと同様、いつでも身に着けていられるものを贈りたくなるのは、それなりに道理だと思うのだが。
どうして、目の前のこの男はこんなに解せない顔色ばかりするのだろう。

「オレ、余計なことした?」

不機嫌そうな手塚を見ていればいる程、切なくなってくる。何も彼の不愉快を買う為にこれを持ってきた訳ではないのに。
手塚に要求されていた訳ではないし、その点で云えば自己中心的なものなのかもしれない。それでも。そうだとしても。
驚いた顔の後にははにかむ様な微笑を浮かべる彼を望んでいたのは確か。

悄然とするリョーマを前に、手塚は長く伸びた前髪を掻き上げて、ふ、と息を落とした。

「こんな危なっかしいもの、持てない、と言っているだけだ」
「…?」

手塚の言葉に、リョーマは瞳だけをくるりと向けた。
凡庸な貴金属を捕まえて危険物扱いとは、また奇妙なことを言う。

「あぶな、っかしい…?」
「考えてもみろ」

トトン、と手塚が指先で机を小突く。
音に反応してリョーマの視線は一度、手塚の指先へ向かい、そして不思議そうな色で彼の顔へと向かう。
手塚はまだ渋面のままだった。

「身に着けていれば周囲の人間から恋人がいるのかと詮索される、身に着けていなければお前は何故着けていないのかと尋ねる、仮に紛失すればお前の不興を買う」

そのどれもが煩わしい、と何とも不躾且つ無情なことを手塚は言った。当然、リョーマは面食らう。
どれもこれも勝手な手塚の予想でしか無い。石橋は叩いて渡る、なんて諺があるが、今の手塚に翻してみれば、要らぬ用心で石橋を叩いて叩いて叩き過ぎて破壊してしまうようなもの。

「なにそれ」
「それひとつで俺に面倒事が増えると言っている」
「面倒って………アンタねぇ…」

嘆息を吐くのはリョーマの番。

「面倒って、その言い方はちょっとショックだよ。流石のオレも」
「もっと当たり障り無い言い方で言ってほしいか」
「そういう問題じゃなくて」

丁度、二人の中央にあった箱をリョーマは自分の方へと寄せた。急に、遣るのが勿体無くなってきた。

「もっと有り難がれ、と?」

皮肉っぽい、としかその時の手塚の顔は形容しようが無かった。随分な態度である。
そうでもなくて、とリョーマもどんどんと下降する己の機嫌を感じつつ返事を遣る。

「変な心配し過ぎだよ」
「どうせ、実際そうなるだろうが」

そうかもしれないけれど。

「そんなの、ただの予想でしょ?」

何故にこんなに説き伏せまでして受け取ってもらわないといけないのか。そんな思いが脳裏を駆けたかどうかは定かでは無いが、リョーマは手元まで引き寄せた白い小箱を自分のポケットへと捩じ込んだ。
視線でだけで、手塚はそれを追った。

「予想だろうとなんだろうと、面倒事はなるべく背負い込みたくない」

災厄の芽は早めに摘んでおくに限る。それが、長年、リョーマと付き合ってきて手塚が修得したもののひとつだった。
どうやっても己の意見を変えたがらない頑固な手塚に、はあ、とリョーマが溜息を吐くのはこの席に座って二度目。

「じゃあ、もっと別なやつならいいの?」
「別?」

渋面一徹だった手塚の顔色にきょとんと綻びが生じる。
視線の先にいるリョーマはそれまでの手塚の表情を吸収したみたいに面白くなさそうな顔つきだった。

「指輪みたいに外から見えるんじゃなくて、それでもって、取り外しが利かないやつ」

手塚が提示した所謂”面倒事”になぞらえて、リョーマはそう提案し返す。そのどちらをもクリアしていれば合格なのだろうと。
贈られることそのものについては拒否を唱えていない点に着目したリョーマなりの妥協策だった。

謎掛けめいたリョーマの言葉に、手塚は懐疑心を隠さない。

「…そんなもの、何があるんだ?」 「タトゥーとか…?あ、ほら、どっかの本で読んだんだけど、昔のゲイシャ?が小指に名前彫るとかあったじゃない。なんとか様命、みたいな」

むくりとリョーマの中では閃きが隆起してきたらしい。話す口振りも目も実にいきいきとし出した。
そんなリョーマの変化に、向かいの手塚はげんなりとした顔を隠すこともしない。

「俺の小指にお前の名前を彫れと?」

指輪が嫌だと言った意味をまるで理解していない。

「小指じゃなくていいよ。それじゃあ周りに見えちゃうから嫌なんでしょ?背中とか腿の裏とかにすればいいじゃん」
「”リョーマ様命”と?」

もうげんなりし過ぎて目眩か頭痛のひとつでも起こしそうだ。指輪以上にタチが悪い。身体に直接刻むものだから紛失の恐れも無ければ、周囲に容易く見られない場所に刻印することで他人の詮議は有り得なくなるだろう。
だとしても、体に彫り物をするなんてピアスホールすら開けない手塚には一考にしたこともないし、第一、彫る字面があまりにあんまりだ。まず彫刻師に頼む時点で恥ずかしい。
困憊模様の手塚などお構いなしなのか、目を爛々とさせるリョーマは手塚の声で発せられた文句で更に助長の兆しを見せる。
「それ!」と叫んでは身を乗り出した。

「それがいい、絶対それ!」
「…俺に拒否権は無いのか」
「さっき公使したでしょ。それで言えば、オレに決定権は無いわけ!?」

そっちばっかりずるいよ。
彼の中では正論なのだろうけれど、手塚からすればとんだ屁理屈としか映らない。
水を得た魚の如く、活力を漲らせるリョーマを一瞬で止める術を手塚は知らず、そのまま夕刻まで彼を諌め続けた結果、無限の象徴である真円を受け取ることで妥協した。


















愛情適齢期
高校の時に、タトゥー屋さんでバイトしてる子がいたなあ、と(どうでもいい)
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