unknown past
















「ううん、車」

その返答は、一夜を睦み合った後のベッド上で沸いた。
発端は、手塚から振った初体験の話で、答えたのはリョーマだった。
場所が。ベッドでは無く、車、と。

彼の飄々としたその返答ぶりとは対極的に、手塚の眼鏡を外したままの目は思わず点になる。

「車?」
「ドライバーズシートで」
「そ、それはつまり、アレか、」

運転席のことか、と和訳したに過ぎない言葉を重ねた手塚をリョーマは胡乱気な目で以って見上げて、そうだよ、と不審そうな声で答えた。それ以外に何があるの、と言わんばかり。
実際、ドライバーズシートは運転席以外に有り得ない。辞書にだって恐らくそう掲載されているだろうに。
それ程に手塚国光なる少年には動揺が走っていたのだと推し量って頂きたい。

ある程度の体力を消耗したせいなのか、リョーマの呂律は危なっかしかった。
そして、疲弊を覚えているらしい体は、呂律同様に思考回路もあまり整然と回転していないらしく、

「助手席で弄くられて、調子付いちゃったもんだからさぁ」

そんな妙なことを剣呑な滑舌で言った。
妙だと、少なくとも手塚は感じた。たとえ、思考能力が著しく低下していた最中だったとしても。
この話題でリョーマが”受動”の形を使って喋るのは妙なのだと。そう手塚は感じたのだ。
つい先刻まで、自分を組み敷いていたのは、今、隣で打ち明け話を披露しているリョーマだというのに。

何故、能動的な文言ではないのだろうかと、手塚は不思議がったのだった。

けれどその不思議さに、口を開く側のリョーマは気付かない。何せ、語るは意識の箍を完全にすり抜けて、言葉を選ぶことも器用な嘘を吐くこともできない状態であったものだから。

よもや、と手塚が思い始めていることなど、語り手のリョーマは露程も知らない。

「膝の上に乗れってそのまま言われちゃったら乗っかるでしょ、普通。気持ちいいことの真っ最中なんだし」
「…越前」
「もっとその先が欲しくなって当たり前――…って、なに?どうかした?」
「越前、確認しておきたいんだが……」

腹の具合でも悪そうな案配の手塚など気に留めていないのか、なあに?と無邪気な様子で返す。――実際は、気に留めていなかったのではなくて、確実に忍び寄ってきた睡魔に絆されて喋るだけでも精一杯だったのだろう。
リョーマが眠りに落ちかけている時、こんな顔をしていることを手塚はもう何度か目撃して知っている。
遅い間隔で瞬きをするのもその時特有の特徴。

「お前が、まあ、その…所謂、男役に転じたのはいつからだ?」
「いつ…って、オンナノコ相手してた時からだと思うけど?オトコは部長が初めてだね」
「ええと…つまるところだな、それ以前はお前は女役に徹していた、と受け取っていいのか…?」

手塚としては賭けだった。
上に乗れ、なんて普通、女子が言う言葉では無いだろう。しかも運転席――リョーマの口振りからしてリクライニングを倒しているとは思えない――で”する”時に女の膝の上に乗っかってどうするのだ。
それに。
リョーマは自らの口で、男相手で”男役”をしたのは手塚が初めてだと言って退けた後。

リョーマにこの時、ひとひらでも意識を捕縛する箍が残っていれば、己の真下にすっぽりと収まるサイズの墓穴が空いたことを認識できたに違いない。
なんて迂闊。

手塚の中にはもう確信以外の何物もいない。
しかもその上で、リョーマは自分の退路を己自身で断った。

「そうだけど?」

そう答えることに拠って。
いくら寝惚けていたと後日に言い訳したところで、否、寝惚けていたからこそ彼は素直に吐露する傾向があり、現状況下の発言で虚偽は有り得ない。

リョーマの足下に空いた墓穴は次第に深さと幅を増していく。

「今のアンタみたいに、あんあん言ってた時期がオレにもあったってこと」

泣いて、良がって、啼いて、快楽を享受されていたことが。
後に続けたリョーマの台詞は概ねそんなところだった。そんなことを聞かされて、耳を塞ぎたいのか、唖然としていたいのか、同情してやるべきなのか、手塚は判断に迷った。
そして、手塚のやむを得ない沈黙の間中、リョーマはアレは嫌だったとか、コレは良かっただとか、身勝手に色々と過去のことを喋り、挙げ句の果てにぷつりと糸が切れた様に突然眠りに陥落した。

ここまで身勝手が徹底されると爽快ですらある。

独善され、ベッドと現実世界の上に一人残された手塚は、だからリョーマは矢鱈とこちらの扱いを知っているのかをしみじみと感じ入ると同時に、聞いてしまったことをリョーマに打ち明けるべきなのか否か、リョーマの寝顔に視線を落とし乍ら少し悩み、そしてそっと自分の胸にだけしまっておこうと心に決めた。
今日の夢見は、あまり良くないかもしれない。


















unknown past
知られざる過去。的なタイトルで。
わたしの中では越前さんは受け時代を経て現在に至っております。その間にちゃんとオニャノコ体験もしたりとか。
もう奴が中学一年生ってことを忘れてやしないだろうかわたし。
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