pair crunch
「2本いっちゃいますか?」
「ほ……本気、か?」
震え、戸惑う手塚の声。いつもよりもどこかか細い。
翻って。リョーマの声はと言えば好奇心に満ちあふれ、弾む気持ちを押さえきれないと言わんばかり。
わざわざ対面で揺れている手塚の目と視線を交錯させてから、リョーマは口の端を不意に吊上げてシニカルな片笑みをしてみせた。
す、とリョーマの手が陰で動くのを手塚は気配で察知する。
「え、越前」
「なに?」
呼び止められて、ぴたりとリョーマも手を止める。手塚を見詰めれば、彼の視線は逃げていて。
連鎖的にリョーマの嗜虐心に火を点けた。
別に、彼を酷い目に遭わせたいなんて常々考えている訳じゃあない。確かにサディスティックな部分を持ち合わせていることは自覚しているが。
けれど、いつも泰然と人の上に立ち、恋人だろうとまるで手を緩めず接してくる彼がふと見せるこんな姿を見せられると自然と火が点く。
困った顔を見たいと思ってしまうなんて、性格が歪んでいると糾弾されても反論しようがない。
「…その………、流石に、それは止めないか?」
喉の奥から絞り出したらしい抑止の声がまた力無げなものだから、一度灯った火に油が撒かれるも同じこと。下げた視線からちらちらと横目で盗み見る仕草もいじらしいことこの上無い。
ごうごうと燃え滾り始めた炎に後押しされて、リョーマは敢えて手塚の視界にも映り込むよう、立てた人差し指と中指を肩まで上げた。
狙い通りにそれを見てしまった手塚はと言えば、びくりと大袈裟な程に身を竦ませた。
「止める?なんで?」
「何故、と言われても――……」
「怖い?」
くすり、と笑う声はぎりぎりに手塚の耳へ届くよう、大きさは確信犯的に。煽っていることが彼にもきちんと伝わる様に。
こういった挑発的な態度に於いて、リョーマの右に出る者はそうそういない。
そして負けず嫌いの青学部員達を統率する手塚が敗北を好む筈も無い。第一、不遜な態度で仕掛けてきたリョーマに「怖い」と肯定してみせればつけあがることは必至。
けれど「怖くない」と否定すれば、そのまま手を先へ進められることも必至。
首を縦にも横にも振れなくて、噛みかからんばかりに険しい顔をする手塚をリョーマは鼻先で、ハ、と笑った。
「怖いよねえ?オレがもし2本入れちゃって、飛び出しちゃったら困るもんね?」
「………飛ぶかどうかはまだ解らんだろうが…」
手塚の声は恨みがましい。
「じゃあ、入れてみる?」
リョーマの声は扇情的。
「………」
「だんまり禁止」
「………しかし…」
「次黙ったら問答無用で、」
ぶすり、
「だよ?」
リョーマはにん、と笑った。凄く愉快そうだ。それが憎々して堪らない。
図に乗ったリョーマ程、地球上で手塚が叩き潰したいと思う存在は居ない。と、いうか、これの鼻っ柱を折れたらかなり気分爽快そうだ。
調子づくリョーマの姿は、手塚の加虐心を唆しそうになる。加虐というより殺意の方が近いかもしれない。
そんな人間を恋人に位置づけているのだから、彼の趣味も如何やと知れない。
「……い、入れたければ入れればいい」
「へえ?」
わざとリョーマは薄笑みを浮かべた顔を手塚へ迫らせた。
全ては計算尽く。どうすれば自分がより深い愉悦を獲得できるか、という。
続ける言葉を緩やかに告げるのも、そんな魂胆があるからこそ。
「い れ る 、 よ ?」
「……っ」
口惜しそうな手塚の顔は、独り寝の肴に使えそうだ。
そんな弾む気持ちを胸にリョーマは指を挿し入れた。指――基、その指の間に挟んでいたプラスティックの短剣を。
ぶすり
「yes!」
挿し入れた瞬間に、口の周りに黒ヒゲを蓄えた二頭身の人形が『ぽんっ』と勢い良く樽の中央から真上に飛んだ。
『飛ばした方が勝ち』という本来のルールを真逆にしたゲームの勝者は、越前リョーマ。
pair crunch
黒ヒゲ危機一髪。最近やってませんなあ。
一応、色々と狙ってやってみた冒頭・中盤なんですが、いかがなものでしょう。
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