野暮
















「え、そっち!?」

思わず、雑貨屋の店先でリョーマは仰天する。
リョーマの隣には手塚。二人の前には雑貨屋がディスプレイしたウサギのぬいぐるみがふたつ。大きさとしては両方とも大人の掌程度。
一方は全体的に淡いピンクの色調でまとめられ、首周りに白いファーがあしらわれて、女好きのしそうなデザインだった。本当は丸い筈のウサギの尾も全体的なファンシーさから導き出されたのか、アザリアピンクでハート形、ときている。
そちらの方はディスプレイの棚にまだ安置されたまま。その隣にあったもう一方が手塚の手に握られていた。

「これなんかいいんじゃないか?」

母さんの誕生日が近いからプレゼント選び手伝って、とリョーマに連れ出された手塚が目をつけたもの。
ウサギはウサギなのだけれど、黒地に蛍光色の紫色をした星柄が散りばめられ、短く伸びた手足の先にはモスグリーンのかぎ爪がにょきりと生えている。一応、隣のウサギとデザインが対になっているのか、首周りにはエリマキトカゲ然とした奇抜な立襟。
剰え、尾は髑髏だったりするものだから毒々しいこと手に負えない。

妙齢を過ぎたとは云え、母が女性であることは間違いないのに、どうしてその隣の方を選ばないのだろう。

不審感を露にしてリョーマは手塚をじいっと強く見詰める。
あまりにもリョーマの目が疑惑で溢れているものだから、手塚はことりと首を傾げた。その動作が示すものは、冗談の類でおどろおどろしい方のウサギを選んだのでは無い、ということ。
真面目も真面目。本気でそちらの方が良いと思ったらしい。

「…部長って、センス悪いよね……」

手塚を見飽きるくらい長く見詰めきって、感慨深くリョーマがそう漏らせば不興そうに手塚が眉を顰めた。
そうムッとされても、リョーマには思い当たる節が幾つかある。

「だって、紫のシャツなんてオレだったら買おうとも思わないし」

言い乍ら、リョーマの顔色は曇る。
以前、件の紫シャツを着ている手塚を見たことがある。1度では無く、数回。気に入っているんだろうか、とリョーマに印象付けるには充分だった。
スタイルが迂闊に良いものだから、あのシャツも似合っていないわけではなかったのだけれど、若い盛りの男子が休日に着るものとしてボタン留めのシャツ、という時点でどうかとリョーマは首を傾げた。
しかも色が紫ときた。

いつか自分で稼ぐようになったらいい服を買ってあげよう、とリョーマが心に誓ったことも蛇足乍らここに記させて頂く。

「部屋にあるオーディオはカセットオンリーだし」

しかもデザインが古い。
昨今のレトロブームの意味合いとはずれている『時代遅れ』を我で行く一品。

「あれはいいものなんだぞ」

趣味の悪いウサギを離す気は無いらしく、未だ手にしたままの手塚が顰めっ面で言う。
反論の趣旨としては、録音はできるし、音はいいし、調子も悪くならないし、色調といい大きさといい部屋で主張をし過ぎない、というもの。

一体、今更カセットに何を録音するというのか。CDもMDも挿入できる様なものではないから、録音と言っても外の音を取り込める程度に違いない。
両音質なのも調子が悪くならないのも、手塚が普段から音楽を聞かない性格故に活躍の場面が少ないからだろうとリョーマは思う。
主張をし過ぎない、ということはつまり埋没しているということであり、インテリアとして意味を為さないのではないだろうか、とも。
第一、手塚がどういう気を起こしてアレを部屋に置いているのかリョーマは未だに見当がついていない。祖父か父親から譲り受けて、断れずに已むを得ず、というのが今のところ一番の有力な説だ。
その世代でならば、時代から退廃したあのラジオカセットでも「いいもの」と断言するだろう。きっと手塚はそう刷り込まれてきたりしたのだろう。

「いいものとか悪いものとかじゃないの。論点は」
「じゃあなんだ」

そう苛々し乍ら切り返されても困る。まず、その品がないぬいぐるみを元の場所に戻してくれないだろうか。
まさか手塚の中でこれに決定した訳でもあるまいに。

「センスなんて磨けば光るものなんだからさ、今から頑張ってみれば?」
「頑張るも何も、俺は自分の価値観に不満を覚えたことはない」
「…自覚無し、かあ…………」

センスに若干の問題が見られたところで、流石に気持ちが冷めたりするような大事にはならないけれど、良いに越したことは無い。
身長の割合から言えば体重が軽すぎるきらいがあるものの、飽く迄それは引き締まっていると分類されるべきスタイルの良さや端正な容貌を持っているのだから手塚の場合は特に勿体ない。
他がどう思っているのか知らないが、リョーマはそう思う。

「それに、」

リョーマが微妙な心境を抱えていれば、手塚の方からそう口を開かれる。
ふ、とリョーマは隣に立つ手塚へ視線を向けた。

「センスの無い人間がお前を選べる筈ないだろう」

一拍置いて。
うわあ、とリョーマの口から力の籠らない薄っぺらな声がはらりと出た。

確信犯で物事を言う時に見られる意地の悪い笑みは手塚の顔に浮かんでいないから、きっと思うままの正直なところが吐露されたのだと思う。
天然成分配合の人間は、こういうふとした瞬間が一番末恐ろしいのだと知っていた筈なのに、リョーマは唖然とする表情を引っ込められない。

「それって、オレがかっこいいってこと?」
「かっこいいというか…………何と表現したものかな…………」

まあ兎に角、と手塚は自ら言葉を途中でぶった切って、

「お前はいいもの、だ」

ついさっき話題に上ったばかりのラジカセと同じ評され方が下った。
喜んでいいのやら、嘆くべきなのか。どう手をつけたらいいのだろうか、と混迷したせいか、リョーマの表情筋は喜怒哀楽のどれにも当て嵌まらない奇妙な状態で止まった。

「……とりあえず、今手にしてるそれは部長用に買ってあげるから、お茶でも飲もっか?」



















野暮 わたしも大概にセンスのないお子さんではあります。てやんでいばろーめ。
戻る
indexへ