LIGHT MY FIRE
「ワー超楽シミ」
「……全っ然、楽しみそうじゃないね、越前?」
「ンナコトナイッスヨー。ホラ、オレッテ帰国子女ダカラ」
「カタコトなんだ、って言いたいの?」
「ソウッスヨー」
「嘘おっしゃい」
この日本国籍人が。
優しい声音ににっこりと笑みを浮かべた温顔乍らも不二はリョーマの頬をキリキリと抓り上げた。
指先に目一杯の力を込めているのに、抓られるリョーマは淡々としたもので。遠くで1年の練習を見てやっている手塚に視線を流し乍ら、表情もまるで変えずに「ハニャシテクラサイ(※離してください)」などと宣う。
レギュラーと言えど、部長と言えど、部活である限り下級部員の面倒も見なくてはならない。
ああいう場面を見ていると、迂闊にテニス上手なのがふと恨めしくなってくる。ただ、未熟が故に面倒を見て貰えるのと腕前が対等な人間として接してくれるのとではそこに含まれる意味合いがまるで違ってくることだから、現状の方が格段に良いことは理解している。
第一、自分がテニス下手だったら今の手塚との関係は築けなかっただろうし、レベルが違い過ぎる為に手塚含めレギュラー陣と手合わせできないことは面白くない。
今のままでいいんだよな、と自分を納得させる為にこくりと頷けば目の前から嘆息がひとつ。
振り返れば、呆れ顔の不二がまだ自分の頬を抓っていた。
「不二先輩、まだやってたんフか」
「まだやってたんだよ、越前」
「指、疲れないッフか?」
「疲れるよ。スゴーク、ね」
じゃあ離したらいいのに、と返したら、不二は潔く指を離した。抓られている時よりも、その手を離された後の方がじわじわと痛みがやってくるものだから、自然とリョーマは己の頬に手を添えて痛みを紛らわせるべく摩った。
「痛い?」
不二が身を屈めて尋ねてくる。心配している、というよりは、「懲りた?」と確認してきている雰囲気。
「痛いッスよ」
「そう……僕も心が痛い」
「は?」
己が主動でやった癖に今更何を。
そう思ってリョーマが不可解に顔を歪めていれば、リョーマに目線を合わせ身を屈ませていた不二はふいっと横を向いた。
先程、リョーマが不二をシカトして見ていた方向――手塚がいる方向。リョーマも釣られる様に同じ方向へ視線を投げた。
1年の初級者にグリップの握り方から教えているのか、相手の手首を掴み、指に自分の指を添えて何とも懇切丁寧に。
それくらいの現場で、カチンと来たりはしない。相手の1年が手塚に変な気を起こしてでもいない限り。そこまで子供じゃない。
「越前ってば、手塚ばっかり」
「そりゃ、好きなんだからしょうがないでしょ」
何でもないことの様に、さらりと言って退けるあたりが不二には憎々しい。
永遠にオレ達両思いですよ、と自慢されているみたいでちょっと腹が立つ。だから、彼が手塚の方に顔を向けているのをいいことに横っ面を張ってみた。
吃驚した様に肩を揺らしてリョーマがこっちを向き直す。
「…なんか、今日やけにバイオレンスチックっすね」
「イライラすることが多いもんで」
「あの日、ッスか?」
「そうそう。腰も重いしお腹も痛くってさー。姉さんが先週そうだったから伝染ったっぽくて」
「生理休使えば良かったんじゃないスか?」
「ホントにね。…………って、そろそろこの会話止めていい?」
「いいッスよ」
暢気にそう返して、リョーマはまた手塚の方へ視線を遊ばせに向かう。
本当に好きなんだな、と長い前髪や鍔の出っ張ったキャップに隠されがちな横顔を眺めて不二は再び嘆息をひとつ。
こんな一途な生物だと最初の印象ではまるでインプットされていなかった。竹を割った様な性格、というのは当たっていたけれど、色恋沙汰にまでそれが作用しているものだとばかり。
そんな一途な子だから、「越前は将来大きくなるね」と足のサイズを見て褒めてみたのに。
30センチ弱の身長差は傍から見ていてもフィジカルな苦労が多そうだったものだから。
それなのに、まるで嬉しくなさそうな反応だなんて。
「越前は大きくなりたくないの?」
「そういう訳じゃないですよ」
彼はまだ熱心に手塚の方を見詰めるばかり。不二も再びそちらを見てみたけれど、手塚がこの火傷しそうな熱い視線に気付いている節はどうも無さそうだった。
淡々と1年の指導に精を出している。
また、不二は横顔の越前リョーマに視線を戻した。
「手塚の身長抜きたいと思わないの?」
「あんなに要らないッスよ」
「お姫様ダッコとか駅弁とかできる様になるのに?」
不二がそう告げれば、ぷ、と口の端で小さく吹き出してから、「それは不二先輩がしたいことでしょ?」と一瞬だけ不二を見た。
嘲弄的なその態度は先程同様、癇癪の部分を上手に刺激してくる。
今度は、顳かみの当たりに爪弾きを食らわせてやった。リョーマが指摘した様に、本当に今日はすぐ手が出る。
「……地味に痛いッス」
「僕に対して生意気な口を利くからだよ」
「はー……そりゃ、スイマセンデシタ」
「またカタコト?」
「いたずらっ子っぽい雰囲気を出してみようかなー、って」
「そういうことしなくても充分、小悪魔的だよ、君は」
「そりゃどうも」
チ、と視線が少し動いたのを契機に、リョーマはまた手塚の方を見据える。幾ら見ていても飽きないらしい。そして、当の手塚は未だ熱視線に気付いてはいないらしい。いや、気付いているけれど気付かないフリでもしているのか。
そう思わせる程、何とも熱心に1年生の相手ばかりしている。
白昼堂々、公衆の面前でこっそりとシーソーゲームでもしているのだろうか、この二人は。
「オレの方が小さいとね、」
リョーマに倣って手塚の姿を熱心に眺めていれば、彼の方から不意に沈黙を破ってくるものだから、顔の向きはそのままに目線だけをひょいと向ける。
口火を切ったにも関わらず、彼の視点は釘付けした様に手塚から動いていなかった。
「部長を見上げることになるでしょ?」
「そりゃね」
何せ彼等の差は実寸にして28cm。視線だけ上げてもちょっとばかり追い付かない。
「あの人、燃えるみたいなんだよね」
オレが下から見上げてると。
リョーマはそう続けた。わざわざ”オレが”と頭に付ける辺り、所有欲の強さというか、持ち前の傲岸さがフルに露見している。
「燃える?」
「燃える、っていうより焦りに近いんじゃないッスかね。下手すると追い越しちゃうよ、っていうスリルとサスペンスみたいな」
「……解り難いね」
「そりゃスイマセン」
追われるのがあの人にとって快感なんですよ、と苦情を漏らした不二へ解説めいてリョーマは付け足し、不二へ向き直ってにっこりと年相応な可愛らしい笑みを浮かべてみせた。
その笑みが、二年間を共有している自分よりも知ったかぶっている様に映って――実際、リョーマとしても優位めいた気持ちで笑みを浮かべたに違いなかった―−、正面を向いたリョーマの鼻先をぎゅうと摘んだ。
LIGHT MY FIRE
越前はちっちゃいまんまでいいです。身長差モエーな子ではないですが、手塚のがおっきいまんまでいいです、という主張を詰め詰め。
タイトルは貴教メイクスレボリューション兄貴から拝借。
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