交わり赭くなる朱
















「むしろ中心だよ」

あなたを見て、オレの火がつく場所は。

部室の机に乗り上げ、部誌に取り組む手塚の髪を指先で遊び乍らもリョーマは至極真面目に言ったのに、ペンを止めた手塚はリョーマの下半身に視線を止めた。
そして、自分の回答が正解かどうかと聞かんばかりにリョーマと目を合わせ、小さく首を横に倒した。

しん、と二人の間に沈黙が落ち、絡めたままだった手塚の髪が指先からするりと外れた。

「……。……部長、今、どこ見た?」
「ど、どこ、とは?」
「”部長が” ”今” ”見たのはオレの『どこ』ですか”?」
「………………………………臍、だ」

手塚の発言が真実ならば、何もそんなに間を持たせて口を開かずとも良い筈で。
躊躇い、思い付き、嘘を吐くことにまた躊躇し、けれど背に腹は代えられないから、と思考を巡らせたのがありありと解った。勿論、リョーマにも。
手塚の下手な嘘に、へえ?と懐疑的な文句を上らせる口元は笑みを象っていたけれど、目が眇められていたものだから堪らずに手塚はふいっと顔を背ける。

リョーマの視界に収まる後頭部が言うに言われぬ後ろめたさを物語っていた。

「部長…………今、オレの股間見たよね?」
「………」
「オレって、アンタを見てセックスしか思い浮かばない程度の即物的な人間だと思われちゃってる?」
「……そうは、言ってないだろう…」
「言ってるも同じ」

ぴょん、と腰掛けていた机から飛び下りて、部室の隅に据えられていたベンチに腰掛けるとリョーマは背中を倒して足を乗り上げさせ仰向けに寝っ転がった。独特の色をした猫っ毛がベンチの上に散らばる。
そして逆さになった世界で眸をくるりと回し、恐る恐ると云った風にこちらを横目で見ている手塚に焦点を合わせてから、つまらなさそうに瞼を下ろした。
への字に曲がった口元が手塚の良心を針で突つく様に刺してくる。

「…………すまない」
「別に。早く部誌書いちゃえば?」
「越前……」

ほとほと困り果てた様に肩を落とし、力無く呟く。けれどリョーマは一度尖らせた口元は緩まない。
――かと思われたが、手塚が嘆息を吐いている間に、瞑っていた目が爛々と楽しそうな光を点して開き再び手塚に向けられた。

「ねえ」

不機嫌絶頂の挟間に姿を見せた機嫌声は、嵐が渦巻く合間を抜けて大晴が突如現れたみたいにぎくりと手塚の肝を冷やす。
今回の悪巧みは一体なんだろうか、と臆しつつ手塚がリョーマに目を遣れば彼はまだベンチの上で四肢をだらりと垂らしていた。かつん、と二人の視線が通じる。

「キスして」
「………どうしてそうなる」
「ごめんなさい、って思うんなら、態度で示してくんないと」

ね?と微笑む彼が浮かべるは稀に見る極上の笑み。それを見せるのはいつだって確信犯じみた下心を抱えている時。
そうと知っていても、手塚はそれに弱い。男の手塚にあろう筈は無い母性本能がくすぐられて仕様がなくて。

リョーマは何をしても、何をやらせても、上手くやってのける。
にっこりとただ笑顔を造るだけでは駄目。ほんの少しのあどけなさを含ませつつ、微笑程度の笑みをゆったりと頬に滑らせることが肝要。
いつまで手塚にこれが通用するかは知らないが、まだ暫くは武器になってくれそうだ。少し離れた場所から、招き寄せる仕草をしてみせる手塚が顕われたものだからリョーマはそうひっそりと確信を得た。

そっちへ行けば、手塚からキスをしてくれるつもりなのだろう。
けれど、リョーマの魂胆はそんなことでは終わらない。

「やー、だ」
「嫌?」

自分でせがんだ癖に。
不可解そうに手塚が眉を顰めれば、今度はリョーマの方が手塚へ手招いてみせた。

「部長がこっちに来て」

部誌も途中なのに。――さっきから一文字として字数は増えていないが。
内心でそう愚痴を零すも、リョーマは手招く仕草を止めずに「早く」と催促するものだから、渋々、手塚は席を立ち上がってベンチに近付いた。

足の短いベンチの上で寝そべったリョーマとの高低差はいつも以上で。
真下を見る様にして、手塚はリョーマの顔を覗き込む。真上に伸びてきた左手に、手首を握り込まれた。

「…起き上がるくらいしたらどうなんだ」
「ダーメ。そのまま、」

言いざま、ベンチに投げ出した足下の辺りをリョーマはすっと指差してみせた。
差された指に誘われて、手塚もそちらへ視線を遣る。

「そこに跨がって」
「…………は?」
「覆い被さってキスしてきてよ」
「……一体、どういう魂胆なんだ?」

すっかり顔色に嫌気を差して尋ねる手塚をリョーマは楽しそうに目を細めて見上げた。

「オレと部長は同じ穴のムジナだってこと、証明してあげる」
「俺と、お前が、か?」

訝しそうに手塚は再び眉を顰める。まるでリョーマの言葉を信用していないらしいその様が、手塚自身はリョーマと己に一線を画しているつもりだったらしいことを簡単に思い付かせた。

まるで乗り気では無い手塚を見上げたまま、「そう」とリョーマは肯定してみせてからシニカルに続けた。

「”即物的なオレ”と部長がね」
「…馬鹿らしい」
「逃げんの?」

掴まれていた手を振払おうとした手塚は、そのたった一言の挑発文句でぴたりと動きを止めた。そして、「まさか」と余裕ぶった顔付きでリョーマを見る。

敵前逃亡、の4文字など手塚の辞書には無い。
けれど「それじゃ」とリョーマがまた足下を指差し、促したことで単純な己に激しく後悔の念を抱いた。
それでも一度発言したことは発言したものだから、リョーマに促されるまま手塚はベンチへ乗り上げた。ゆっくりと。リョーマが指定した様に両脚の間へ彼の体を挟み込み、着いた両手の間に彼の頭を置いて。

リョーマの上で四つん這いになったまま、出方を伺う様に彼の顔を見下ろしていれば両腕が伸びてきて、眼鏡を取り外された。
カシャンと鳴った蔓を折り畳む音を合図に、手塚も腹を決めた。

緩やかに傾けられていく首。
近付く鼻先と顎先。
重なりあう直前、僅かに吐息すれば、
その息は喰われた。


















「ほらね」

口吻けて、先に舌を忍ばせてきた手塚へ嬉々としてリョーマは告げたのだった。



















交わり赭くなる朱
どんどん、手塚は我慢の利かない子に。
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