原作年齢よりも10は大きくなっているおふたり。

















おたわむれ
















「見当もつかないな。10年前の俺では」

そう言っては傍らで眠るリョーマの顔に乗った本の端をこっそりと持ち上げて手塚は唇を滑らせた。
つい先程迄はきちんと起きていた。それが、ソファに座り、黙々と分厚い本――勿論、元は手塚の本――を読んでいたのだけれど、犇めき合う活字が眠りを誘ったのか広げたままの本を顔に乗せてすうすうと寝息を立てていた。

「こんなに容易くキスができるようになるなんてな」

リョーマから唇を離し、本から手を離し、前に向き直って手塚は口の端を上げてみせる。
そこにはソファの肘掛けで頬杖を突き、苦笑する乾の姿があった。
彼は、リョーマが寝こけてから訪れた客人だ。

「見当もつかない、は俺の科白だよ」

本の陰で肝心の唇同士が合わさる場面を見ずには済んでいるが、目の前で堂々とそんなことが行われていては少々視線に困る。
乾は足下を見て口を開き出した。また手塚が本の端を持ち上げてはその陰へと顔を潜り込ませるものだから。

「10年前の奥手なお前はどこへ行方を眩ませたんだろうね」
「なんだ?昔の俺の方がお前の好みか?」

手塚が半面だけ顔を覗かせて聞けば「少なくとも今のお前よりはね」乾は苦々しくそう言った。
それへ手塚は「そうか」と唯一言だけ告げて、また本の陰へと消える。

唇の薄い皮膚同士がくっ付いたり離れたりする音がその小さな陰から聞こえる。洋画でよく聞くリップノイズは実現可能なのだな、と乾は若干遠い気持ち。
多分、眠るリョーマの口に無理矢理押し入っているのだろう。唾液が絡まる音もする。

くちり、くちりとあの独特な絡まり方をする音だ。
文字通り目の前の、ソファーの上。そこに座るふたつ下の青年が顔に乗せる分厚い本の裏側から。

鳴り止まない。

「手塚」

堪らず、乾は溜息と共に手塚を呼ぶ。
けれど、本の裏側だけが世界。そのエリア以外は非現実の世界、とばかりに手塚は耳を貸さず。ちゅくり、ぴちゃりと増々没頭していく音だけがピッチを上げて繰り返される。

「手塚」

今度は少し大きめの声で。けれど目では直視を外れて。
フローリングの板目だけをなぞり乍ら乾は手塚を呼ぶ。
けれど。けれどけれど、手塚は本の陰から顔を戻さないどころか、両腕も本の陰に持っていく。
肩の付け根が何やらもそもそと動く。

「…んっ」

声まで漏れてくるものだから始末に負えない。

両手で越前の髪でも掻き乱し乍ら、深いキスでも?
唇の角度を変え、舌先を突っ込んで?

本から生える手塚の首かた下だけ見ていてもありありと情景が頭に浮かぶ。
それは正に映画のラブシーンさながらに。
荒い息遣い。次々とあがるリップノイズ。身悶える様に小さく動き続ける手塚の体。前のめりに。前のめりに。前のめりにあるのはリョーマの唇に歯列に舌先に――

「手塚…っ!」

がた、と乾はその場に勢い良く立ち上がれば、それまで聞く耳を貸さなかった手塚がやっと片目だけを本の陰から覗かせた。
緩やかに手塚の片目は上弦へ撓む。

「冗談だ」
「……性悪に育ったもんだ」

トイレ借りるよ、と乾は踵を返してフローリングの上を早足で歩いていった。
ばたん、と少し離れたところでトイレのドアが閉められた頃だっただろうか、

「冗談なんだ?」

すっかり唇を濡らされたリョーマが薄く目を開いてはまだすぐ脇にある手塚の顔を横目で見た。
微笑が残る瞼を下ろし、リョーマの問いに答えるよりも先に手塚は小さく口吻けた。

「いつだって俺は本気だ」
「そういうとこ、昔から変わんないね」

今度はリョーマから手塚へキスを。
何の支えも無しに顔へ乗っていた分厚い本はリョーマが首を動かしたことで容易く床に落ちた。

どさり、と鳴る音と同時に手塚の腰は引き寄せられ、そのまま唇を合わされたまま容易く身を反転させられる。
リョーマが座っていた場所には手塚が仰向けに横たわり、その上にリョーマ。
上下が逆転したまま、先程よりも深く、そして長いキスが催されるものだから、乾はトイレから出るまで小一時間かかった。


















おたわむれ
トイレ借りるよ、と言った乾に勃ったのか?と平然と聞く手塚でも良かったかもしれない。
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