夢路愛し君恋し
















「あー、それね、見た見た」
「馬鹿らしいが、あれはあれでなかなかに圧巻だったな」
「何の話?盛り上がってるみたいだけど」

ひょこりと脇から沸いて出た乾が、リョーマと手塚の間で花の咲き始めた話の腰を折った。
話に割って入る不躾な真似にリョーマは隠すこともせず勃然として見せ、手塚は手塚で明ら様では無いにしろ迷惑そうな顔色を仄めかしてみせた。

まあ、そう怒らないで、と乾は苦笑で返す。手塚が口を開いた。

「直径30メートルのロールケーキの話だ」
「それはまた…何とも奇天烈な食べ物だね。それを……ええと、見た、っていうの?越前、と手塚は」

消えない苦笑をそのままに、寧ろ困り顔のニュアンスを足して乾が尋ねれば、もちろんとリョーマが頷いた。
その上で長さは100メートルなのだと更に付け加えられる。

咄嗟に、からかわれているのだと乾は思った。
力学的に考えて、そんな巨大なロールケーキが巻ける訳が無い。直径が小さいならば、**メートル海苔巻きだとかで銘打ったものをニュースで見た覚えはあるが。

「直径30メートルで長さが100メートルねえ」
「乾、お前信じていないだろう」

そう厳しい顔で問われれば至極真面目な顔で「うん」と答えるしかない。容易く信じろという方が無理だ。
遠慮も気遣いも一切を無視した乾の返答に、手塚はあまり機嫌が宜しくないようだった。

「やはりな。揃いも揃って友人の甲斐もない」
「揃いも揃って…って、なに?他の連中にも訊いて回ったの?君は」

随分と不審がられたことだろう。日頃から手塚がこの類のジョークで人をからかう場面なんてまるでない。大手を振って嘘を吐いてもいいとされるエイプリルフールにだってこの男は小さな嘘だって吐かないのだから。

「何もわざわざ訊いて回った訳じゃない。話題のひとつに挙げたら全員一致で馬鹿にされただけだ」
「そりゃ災難で。っていうか、そんな馬鹿げた物どこで見たの」
「どこ、って……」

一度、お互いに確認する様にリョーマと手塚は視線を交錯させて、それから揃って乾へ向き直る。
動作は見事にシンクロ。少しだけ首を傾けるものもシンクロナイズされていた。

「昨日、どっかで」
「同じ場所で見たの?」
「まさか」

それなら、わざわざ「見たか?」と手塚が声をかけて「見た見た」とリョーマから返事がやってくる筈も無い。
二人、違う場所で見たからこそ、「見たか?」「見た見た」の会話は成立するのだ。

「言っておくが、テレビや新聞ではやっていないぞ。昨日のメディア情報は俺が全てチェック済みだ」
「相変わらず暇なことやってんスね、乾先輩って」
「別に暇でやってるわけじゃないよ越前。それにしたって、どこかって云うのは曖昧過ぎるね」
「だって、オレもどこで見たのかわかんないんですもん」
「手塚は?」
「俺も越前と同じだ。見た覚えは確実にあるが、それがどこだったかと言われると断定的には答えられない」
「ちなみに、その巨大なロールケーキ、食べたの?」
「食べてませんよ。見ただけ」
「…んー。そんな証言じゃあ真実味に欠けるよ」

信じてもらえなくてもしょうがないと思わない?
肩を竦めて目の前の両人に問えば、今度はリョーマだけで無く手塚もむっとしてみせた。
だって信じようがないだろうに、そんな滑稽譚。
これで健気に信じてくれるのは人の好い河村くらいだろう。もしくは盲目的に手塚信者の荒井。

それでも、手塚とリョーマは不服そうな顔つきを緩めなかった。
そもそも手塚に虚言癖は無いし、リョーマに付き合って全員を騙し込もうなんて考える筈も無い。
リョーマだけでは信じるに足らない戯言も、手塚というオプションが付けばそれだけで容易く嘘と斬って捨てられない。

一縷ではあるけれど、手塚の持つ純朴さで乾は少しだけ疑いを改めた。

「二人しか見てないって言うのなら、同じ夢でも見てたんじゃない?」

理論理屈の種々を信条とする自分を妥協させるならば、こう考えるしか無かった。
それに、強ちこの二人ならばさもありなん。

「お熱いことで」

ピュウと口笛を鳴らせば、愈々カップルの機嫌は底まで落ちたらしかった。




















夢路愛し君恋し
もう最近の若い方は御存知ないだろうなあ、夢路いとし喜味こいし師匠。
結論としては夢オチです。しょっちゅう同じ夢ばっかり見てる二人だったら面白いのになと思った次第です。
夢オチは物書きの秘密兵器。
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