遠くはない僕らの関係性
「はいはいはいはい」
おざなりとしか言い様の無い返事を遣り返し乍ら、手塚は一人、畳の上に敷かれた布団の中へと潜り込んだ。
手塚が潜り込んだのは一番奥の布団。それより手前には3人分の布団。
本日は、不二主催の下、行われた小さな宴。プチ同窓会と銘打たれたこの会に、招待されたのは手塚に乾と菊丸。
どういう選択肢からそのメンバーに決められたのか、手塚は甚だ疑問だったのだけれど、終ぞ不二からその理由は語られなかった。恐らく、ただの気紛れで選別されただけなのだろう。
酒で満たされたグラスをそれぞれが手に語るのは己の仕事やプライベートでの近況、巷で話題のニュースなど。実に色々な話に花が咲き始めた頃だった。手塚が「もう寝る」と輪を離れたのは。
敷かれた4枚の布団はいつ誰が寝倒れても大丈夫な様に、と輪の傍らに事前から用意されていた。
そちらへと向かう手塚へと残された3人はそれぞれに苦言を呈するのだけれど、手塚は先述の通り、適当にあしらっては耳を貸さなかった。
「ちょっと早寝すぎないー!?」
「この時間に寝る20代って僕聞いたことないかも」
「手塚…お前はどこの年寄りだ」
「はいはい」
「夜から開いた甲斐がまるでないよね、君のその行動って」
「ねーねー、手塚ー、戻っといでよー」
「お前、そんな協調性の無さで本当に社会生活を送れているのか?」
「はいはいはいはい」
颯々と眼鏡を枕元に置いては、ごろりと寝返りを打って黙り込んだ。
もう聞く耳は無いと意思表示でもするかの様に、背中を不二達の方へと向けて。
これはもう駄目だ、と嘆息を吐く不二と乾の間を、まだ諦めきれないのか菊丸が酒瓶片手に手塚の枕元へと小走りに寄った。
「手塚ー、手塚ー、なんで一人で先に寝ちゃうのさーあ。折角久々に喋れるんだからもっと喋ろうよ飲もうよー」
アルコールが入っているせいなのか元からの性格が為せるのか、訴える菊丸の声は涙声で、無視を決め込むには少々良心が痛んで、手塚はもそりと頭を上げた。
顔を上げれば、声だけでは済まないらしく彼の目尻にはじんわりと涙が浮かんでいる。
「…すまないな、菊丸。だが、俺はもう就寝時間なんだ。不二や乾と楽しく飲んでいてくれ」
「いつもこの時間なの?」
問いを投げかけるのは頭上の菊丸では無く、遠くの不二。
既にアルコールの影響が出始めている菊丸とは打って変わって、彼はまだ顔色すら変わらずいつものままだ。
素面にしか見えない不二の方を振り返り、手塚は「近頃はな」そう返事をすれば不二がことりと首を傾げた。
「近頃?」
「越前が遠征に行き出した頃、だ」
「なにそれ?まさか、夢で越前に会えるからー、とか言うんじゃないよね?」
手塚と越前の関係が年数を経た今でも保持されていることは不二ならずとも元テニス部のメンバーには大方周知の事実。
不二の口調は揶揄する以外の何物でも無かったのだけれど、手塚は極めて真面目な様子で首を縦に下ろした。その瞬間に不二がぶはっと吹き出したのもなんのその。
「この時間帯に寝るとアイツが出てくる確率が高い」
「それで、”就寝時間”?」
「ああ」
「意外と信心深い、のかな、手塚ってば」
「”データは嘘をつかない”。お前が言っていた言葉だぞ、乾」
「あー、そういえばそんなことも言っていたねえ」
懐かしい懐かしい。そう繰り返し乍ら乾は一口、グラスを傾けた。
「英二、手塚はこれから越前とランデブーなんだってさ、こっち戻っておいで」
「えー、でもー…!」
「英二だってデートは邪魔されたらイヤでしょ?」
「うー………」
正に渋々、といった態で菊丸は手塚の枕元を離れ、そして手塚も申し訳なさそうな顔色で菊丸を見送り、頭の上まで布団を引き上げて早々に眠りへと落ちていった。
それから少し経って。
「どう思う?不二」
「どう…って?」
「そんなに毎日毎日、夢に同じ人物が出てくる偶然があるか?」
「まあ、普通は無いだろうけど、」
こくり、と一口、ジンベースのオリジナルカクテルを飲み下してから不二は可笑しそうに頬を緩ませた。
「手塚と越前だし、それもアリなんじゃない?」
「……そんなものかな」
そういうケースもあるんだろう、と思い込もうとした乾のその先を、「だけど」と不二が不意に遮った。
「今日、越前も呼ぼうとして昨日に電話をかけた時に言ってたんだけど、越前ってば、最近意識がぼーっとする時間帯があるんだって」
「へえ?」
「遠征に出たぐらいから」
つい先刻誰かの口から聞いた覚えのあるそのフレーズに、乾は口を付けようとしていたグラスをぴたりと止めて不二を見た。
早くも酔い潰れた菊丸に膝を枕として貸し乍ら、不二はにこりと笑みを浮かべた。片頬をひくりと引き攣らせて乾も吊られ笑いをし、宙で止まっていたグラスを口に付けた。
「……まさか、日本時間で今ぐらいの時間だとか言わないだろうな…?」
「その、まさかだって言ったら?」
すう、と三日月型に開かれた不二の瞳が妖しく光る。
「………ははっ」
「ふふ」
「はははは」
「ふふふ」
ただ笑うばかりの声が目覚ましにでもなったのか、もぞり、と不二の膝上で居眠っていた菊丸が身動ぎ、目をごしごしと擦り乍らゆっくりと身を起こした。
「二人とも何笑ってんの?笑い上戸の会結成?」
「……いや、手塚は、昔から執着心が強かったな、と思って、な」
「んー?確かにそうだったけどさー」
それってそんなに可笑しいこと?と寝ぼけ眼で首を傾げる菊丸に、乾は不二から聞いた話を菊丸にも語ってやるのだった。
今頃、海の向こうでリョーマは強引に意識を引き寄せられている時間なのだろう。
遠くはない僕らの関係性
ありえない、なんてことはありえない。
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